バイトのメイド女子高生と大学生が入れ替わり、悪徳オーナーを訴える

女装と男女の入れ替わりは自己責任で♪

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役の沈着

​その日、美咲の視界に映る世界は、物理的な法則を無視してゆっくりと、しかし決定的に剥離していった。

​メイドカフェ「ル・ジャルダン」。

表向きは落ち着いたアンティーク調の喫茶店だが、その裏側にある腐った澱を、美咲は見てしまった。

オーナーである松本のノートパソコンに並ぶ、無数のサムネイル。

ぼかされた顔のすぐ下で、自分たちの制服やパフェが、名前も知らない男たちの欲望のために切り売りされていた。

「これはビジネスなんだよ」

松本の声は、湿った粘土のように耳にこびりつく。

美咲は震える手でパフェを持ったまま、逃げるように店を飛び出そうとした。

内臓がせり上がるような吐き気と、自分が「記号」として消費されていた事実への恐怖。

心臓の鼓動が、薄いメイド服の生地を突き破らんばかりに打ち鳴らされていた。

入り口の重い木製のドアが開いたとき、そこにいたのは悠人だった。

​「美咲、どうしたんだ?」

​悠人の声を聞いた瞬間、美咲の張り詰めていた糸が切れた。

二十歳の大学生である彼は、若く、正義感に溢れ、そして何より美咲を「一人の人間」として愛してくれていると信じていた。

美咲は彼の胸に飛び込み、支離滅裂な言葉で松本の悪行を訴えた。

悠人の顔から体温が消え、冷徹な怒りが宿る。

彼は美咲の震える手からパフェを預かり、彼女を背後に隠して松本と対峙した。

​「お前が美咲に何をした。……全部、証拠は押さえているんだぞ」

​松本は鼻で笑った。

「君も客の一人だろう? 彼女の『可愛さ』を買っていた一人じゃないか。私と何が違う」

​その言葉が引き金だった。

空間が、ガラスが割れるような音を立てて歪んだ。

​物理的な重力方向が分からなくなり、美咲は激しい眩暈に襲われた。

視界が真っ白に染まり、耳の奥で金属を擦り合わせるような高音が鳴り響く。

自分の輪郭が、境界線が、足元の影から吸い取られていくような感覚。

美咲は必死に悠人の背中に縋り付こうとしたが、その手の感触が、急速に変わっていく。

​細かったはずの指先が、節くれ立ち、硬くなっていく。

華奢だった肩幅が、横へ、前へと押し広げられる。

視点が、ガクンと一段高くなった。

​「……あ」

​自分の口から漏れたのは、聞き慣れた自分の鈴のような声ではなく、低く、濁った、男の呻き声だった。

​数秒、あるいは数分。

世界が再び静止したとき、そこには残酷な沈黙が流れていた。

 美咲は、自分の視線が下を向いていることに気づいた。

そこには、さっきまで自分が着ていたはずのメイド服のフリルが見える。

しかし、それは「見ている」のではない。

自分を見上げる位置に、かつての自分が立っているのだ。

目の前に立つ「美咲」は、困惑した表情で自分の胸を触り、短い悲鳴を上げた。

「え……? 悠人、くん……?」

その声は、美咲自身の声だった。

可憐で、震えていて、守ってあげたくなるような響き。

しかし、その声を発しているのは、彼女の恋人であった悠人の意識だった。

​美咲は、今度は自分の手を見た。

大きく、毛穴が目立ち、爪が短く切り揃えられた男の手。

手首には、悠人がいつも着けていた安物の腕時計がある。

首筋に手をやれば、喉仏の硬い突起が触れた。

肺に取り込まれる空気の量も、身体の重心も、皮膚の感触さえも、すべてが「他人のもの」に置き換わっている。

​「嘘だ……」

​美咲は自分の喉を震わせようとしたが、出てくるのは悠人の重い声だ。

この肉体は、彼女が先ほどまで縋り付いていた、あの安心できる温かな「彼」のものだった。

​一方で、松本は目の前の異変に気づいていなかった。

彼に見えているのは、依然として「震える美咲」と「立ちはだかる悠人」という構図のままだ。

​「おい、何を黙っている。警察でも何でも呼べばいい」

​松本が足を踏み出した瞬間、美咲の肉体の中にいる悠人が、悲鳴を上げて後退した。

その動作は、慣れないスカートの裾を捌ききれず、ひどく無防備で、危うい。

悠人の意識は、女性の肉体が持つ「圧倒的な弱さ」と、剥き出しの視線に晒される恐怖に、瞬時に飲み込まれていた。

​悠人の肉体の中にいる美咲は、反射的にその「美咲」の手を握った。

「……逃げよう」

​低い声が自分の口から出るたびに、美咲の魂は削られていく。

しかし、今は逃げなければならない。

この不気味な入れ替わりが何であれ、この場に留まることは死を意味する。

​警察のサイレンが遠くから聞こえてきた。

松本は顔を引きつらせ、慌ててパソコンを隠そうとする。

​美咲(悠人の体)は、自分を見上げる悠人(美咲の体)を促し、店を飛び出した。

外の空気は冷たかったが、悠人の肉体はそれを「涼しい」程度にしか感じない。

厚い皮下脂肪と筋肉、そして男としての皮膚の厚みが、美咲が知っていた世界の色を変えていた。

​タクシーに飛び乗り、自宅へ向かう道中、二人は一言も交わさなかった。

窓ガラスに映る自分たちの姿。

逞しい体躯を持った青年。

そして、メイド服を着て小さく丸まり、シーツのように真っ白な顔をした少女。

​美咲は、自分の大きな掌を見つめ、絶望した。

指先が震えている。

しかし、この大きな手は、その震えさえも「力強さ」の中に隠蔽してしまう。

隣で震える悠人――かつての自分の肉体――に触れようとして、その手の重さに気づき、止めた。

​それは、被害者と加害者、あるいは救済者と被救済者という、絶対的な役割の固定が始まった瞬間だった。

肉体が入れ替わったのではない。

世界から向けられる「役」そのものが、彼らの魂に沈着し始めたのだ。

​雨が降り始めた。

悠人の肉体は、雨粒の冷たささえもどこか遠く感じさせた。

美咲は、自分がもはや「悲鳴を上げても許される少女」ではないことを、その肩幅の広さによって自覚させられていた。

​傷は、癒える兆しさえ見せないまま、新しい皮膚の下に深く深く、埋め込まれていった。

メイド服姿の女子高生イメージ
古都礼奈

次回:6/2 21:00~更新

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