魂の牢獄-リメイク-
地下の湿った空気が、不気味なほどの静寂を孕んでいた。
神田にある雑居ビルの地下3階。
看板すらないその場所は、政財界の裏に身を置く者たちが夜な夜な巨額の富を溶かす、選ばれし者だけの秘密賭博場『アビス』。
涼子は、その中心にある深紅のフェルトが張られたテーブルの前に座っていた。
三十代半ばの彼女は、熟した果実のような艶やかさと、知的な気品を兼ね備えた絶世の美女だった。
しかし、今の彼女の瞳には、かつての輝きはなく、ただ破滅への狂気的な渇望だけが宿っていた。
「……あと、一回。一回だけでいいの」
彼女の声は、極度の緊張と疲労で掠れていた。
父から継いだ会社を自分の代で傾かせ、融資という名の借金に溺れ、すべてを取り戻そうとしてさらに深みに嵌まった。
今夜、彼女が負け越した金額は、もはや一生をかけても返せる額ではない。
「残念ながら、涼子さん。あなたの信用はもう底をついています。資産も、土地も、プライドも……すべて吐き出したでしょう?」
テーブルの向かい側に座る青年、翔太が冷酷な笑みを浮かべた。
彼は二十代前半の若さでこの賭博場を仕切る支配者であり、裏社会では「魂を弄ぶ魔術師」と恐れられていた。
彼の白く細い指が、トランプの山を愛撫するように撫でる。
「次に賭けられるのは……そう、あなたの『所有権』だけだ」
「私の……所有権?」
「ああ。もしあなたが勝てば、今までの負債はすべて帳消し。利息の一円までもね。だが、もし負ければ――あなたの肉体、戸籍、未来、そして人生のすべてを私が買い取る。……平たく言えば、死ぬまで俺の家畜になってもらうということだ。どうします?」
涼子は一瞬、背筋に冷たい氷を押し当てられたような戦慄を覚えた。
だが、逃げ道はない。
ここで席を立てば、待っているのは路地裏での野垂れ死にか、それ以上に無惨な末路だ。
「……わかったわ。受けるわよ」
ディーラーがカードを配る。
心臓の鼓動が耳元でうるさく鳴り響く。
運命の女神は、あざ笑うように涼子に背を向けた。
「ロイヤルストレートフラッシュ。……チェックメイトだ、涼子さん」
翔太がカードを晒した瞬間、涼子の視界が真っ白に染まった。
絶望が重力となって彼女を椅子に縛り付ける。
翔太は立ち上がり、ゆっくりとテーブルを回って彼女に近づくと、その冷たい指先を彼女の額にそっと触れさせた。
「契約成立だ。……では、君の肉体を『納品』してもらおうか」
その瞬間、涼子の全身を、数万ボルトの電流が走ったような衝撃が貫いた。
内臓がひっくり返り、骨が軋み、自分の「意識」という名の液体が、無理やり細い管へ押し込まれるような、言葉を絶する苦痛。
自分の喉が焼けるように熱い。
「ああああああっ!!」
叫び声が、自分のものではない低い、濁った声に変わる。
視界が急速に低くなり、逆に肩幅が横に広がる感覚。
肺に取り込む空気の量、心臓のリズム、すべてが別の生き物のものに書き換えられていく。
「……っ、はぁ、はぁ……」
気づけば、涼子は床に這いつくばっていた。
目の前には、さっきまで自分が座っていた場所に、自分の姿をした女が、優雅に脚を組んで微笑んでいた。
「素晴らしい。……女の身体というのは、これほどまでに脆く、そして美しいものだったのか。田中涼子の肉体……今日から俺が大切に使ってあげるよ」
自分の唇が、自分の声で喋っている。
涼子は、震える手で自分の身体――今は翔太のものとなった、男の肉体を見つめた。
そこにあるのは、若く、筋肉質な、見知らぬ青年の肉体だった。
彼女の魂は、翔太という名の牢獄に閉じ込められたのだ。

元の話はこちら

続きが読みたい方はこちら


コメント