―― 自分が読みたい物語のために、プロンプトを育て続けた話
私は小説家ではない
最初に断っておきますが、私は小説家と名乗る気はありません。
TS(性転換)系や女装系の物語が好きな、どちらかといえば読み手側の人間です。そして、普段は技術者として仕事をしています。
昔から「こういう話があったら面白そうだ」「こんな展開を読んでみたい」と考えることはありました。
しかし、それを自分で小説にできるかといえば、正直なところ難しい。
登場人物や設定を考え、大まかなストーリーをプロットにまとめるくらいならできます。でも、そこから何万文字もの文章を書き上げることはできません。
頭の中には読みたい物語があるのに、それを自分で文章にする技術がない。
だから、基本的には誰かが書いた作品を探して読む側でした。
生成AIなら書いてくれるのではないか
そんなところに、生成AIが登場しました。
文章を書けるらしい。小説も作れるらしい。
それなら、自分が考えたプロットを渡せば、読みたい小説を書いてもらえるのではないか。
最初はその程度の思いつきでした。
AIを使って作家になろうとか、電子書籍で稼ごうとか、そういう計画があったわけではありません。
単純に、自分の読みたい話を読んでみたかっただけです。
実際に試してみると、確かに小説らしい文章が出てきます。
ただし、最初から満足できる作品ができたわけではありません。
登場人物の行動がおかしい。説明が多い。展開が都合よすぎる。身体が入れ替わったはずなのに、その不便さがほとんど描かれない。
読んでいると、気になるところが次々に出てきます。
それでも、AIに修正を頼めば文章は変わります。
指示の仕方を変えれば、また違う結果になります。
そこで、少し考え方が変わりました。
小説を一度書かせて終わりにするのではなく、どうすれば自分の読みたいものに近づけられるのかを試してみよう、と。
気がつけば、KDPで30冊以上
そうして試行錯誤を続けた結果、現在までにKDPで30冊以上の電子書籍を出版しました。
もちろん、30冊すべてが傑作だと言うつもりはありません。
作品によって出来栄えには差があります。以前の作品を読み返すと、今ならこうするのに、と思う部分もあります。
ただ、少なくとも自分が読みたいと思える小説を、継続的に形にできるようにはなりました。
自分では小説を書けないと思っていた人間が、AIを使って30冊以上の作品を作った。
その過程で、私が特に力を入れるようになったのが、プロンプトの作成と改良です。
プロンプトとは、簡単に言えばAIへの指示文です。
どのような物語を書いてほしいのか。どのような文章にしてほしいのか。何を重視し、何を避けてほしいのか。
それらを整理して、AIに伝えるためのものです。
ただ、私の場合、プロンプトは一度作って完成ではありません。
作品を作る。読んでみる。気になるところを直す。そこで得たものを次の制作に反映する。
その繰り返しで、少しずつ育ててきました。
ここからは、その具体的な方法について書いてみます。
1.仕事での改善活動と、よく似ている
ここから書くことは、実は会社での仕事にも通じます。
効率化、業務改善、標準化、属人化の解消。
技術者として仕事をしていれば、こうしたことを考える機会は少なくありません。
誰か一人しかできない仕事を、ほかの人でもできるようにする。
毎回同じ説明をしなくても済むように、手順を整理する。
過去の成果を蓄積し、次の仕事に再利用する。
私がプロンプトを作っているのも、基本的には同じ考え方です。
一度うまくいった方法を残しておく。
問題があれば修正する。
次の制作では、同じ苦労をしなくても済むようにする。
特別な技術というより、普段の改善活動の延長に近いものです。
ただし、会社でこれを行うことには、少々厄介な面もあります。
2.便利なものは、やがて当然になる
会社にとって、効率化や属人化の解消は重要です。
しかし、それを実現した人間にとって、必ずしもよい結果になるとは限りません。
例えば、ある業務を効率化し、誰でも短時間でできるようにしたとします。
会社にとっては大きな改善です。
ところが、見方を変えれば、その仕事を担当していた人の必要性が下がったとも受け取れます。
極端な話、「それなら、もうあなたがいなくてもいいですね」となりかねない。
もちろん、すべての会社がそうだという話ではありません。
改善を評価し、新しい仕事や役割につなげてくれる組織もあるでしょう。
ただ、便利な仕組みには困った性質があります。
便利なものは、使われ続けるうちに当然のものになる。
最初は感謝されても、しばらくすると、それがあることを前提に仕事が組み立てられます。
正常に動いている間は、あまり注目されません。
ところが、何かの拍子に動かなくなると、途端に問題になります。
「なぜ使えないんだ」
「いつ直るんだ」
「仕事が止まって困っている」
便利な仕組みを作ったはずなのに、今度はその仕組みを維持する責任ばかりが増えていく。
改善によって減らした仕事とは別の仕事を抱え込み、場合によっては、改善前より厄介な立場になることすらあります。
成果は組織のものになり、問題が起きたときの責任は作った本人に戻ってくる。
そんなことも起こり得るわけです。
だからといって、仕事で改善活動をするべきではない、と言いたいわけではありません。
ただ、改善することが好きだからといって、その成果が自分にも返ってくるとは限らない。
そこには、会社という組織の事情があります。
3.自分の趣味なら、改善した成果が自分に返ってくる
一方、これを自分の趣味に使うと、話が変わります。
プロンプトを改善して、小説を作りやすくする。
すると、次の小説を作るのが楽になります。
文章の出来栄えがよくなれば、自分が読むときの満足度も上がります。
制作にかかる手間が減れば、その分だけ新しいプロットを考えたり、別の表現を試したりできます。
改善した結果を、まず自分自身が受け取れるわけです。
そして、何より大きいのは、改善を続ける理由を他人に説明する必要がないことです。
会社であれば、費用対効果や業務上の必要性を求められるかもしれません。
しかし、自分の趣味なら、単純に「こうした方が面白そうだから」で構いません。
誰かに評価されなくてもいい。
売上につながらなくてもいい。
改善した結果、自分が読みたい小説をもっと簡単に、もっと自分好みに作れるようになれば、それで十分です。
自分のために仕組みを作り、その仕組みを使うのも自分。
この関係は、私にとって非常に都合がいいのです。
4. 技術を、自分のために使う
私は今でも、最初に書いた通り自分を小説家だとはあまり思っていません。
好きなジャンルの物語を読みたい人間であり、AIを使ってそのための仕組みを作っている技術者です。
ただ、以前と違うのは、読みたい話が見つからなければ、自分でプロットを考えて作れるようになったことです。
そして、一度うまくいった方法を次にも使えるようにしておけば、また別の話を作れます。
プロンプトは、完成したら終わりの指示書ではありません。
作品を作るたびに、少しずつ変わっていくものです。
私にとってプロンプトを作ることは、AIに命令することというより、自分の好みを言葉にし、それを繰り返し形にできるようにする作業です。
仕事で培った改善の考え方を、自分の好きなことに使う。
そうすると、改善するほど制作が楽になり、作品の出来栄えも変わり、また新しいことを試したくなります。
改善することが目的なのか、作品を作ることが目的なのか。
最近は、その境目も少し曖昧になってきました。
ただ、一つだけ確かなことがあります。
私は小説家になりたかったのではありません。自分が読みたい小説を、もっと自由に読めるようになりたかったのです。
そして、そのために試行錯誤を続けていたら、30冊以上の電子書籍ができていました。
これからも、きっと同じことを続けていくのだと思います。
そして、ここからが実践している内容になります。
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小説書くことに興味の無い人へ。
小説を好きなこと(音楽、イラストなど)に置き換えてください。
大体何にでも適用できます。
ただし、AI賛美をする気もないし、自力で作れる人は素晴らしい。
あくまで量産用であり、一点物の芸術品ではないことをご承知ください。


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