
春の優しい日差しが、カフェの窓から差し込む。
向かい合って座る佐倉拓真と高梨玲奈は、付き合い始めて半年になるカップルだ。
拓真は少しはにかみながら、目の前でカフェラテを飲む玲奈に視線を向けた。
「なあ、玲奈」
「んー?」
玲奈はストローから口を離し、視線だけを拓真にやった。
その視線はいつも通りの、飾り気のない、サバサバとしたものだ。
拓真は、その玲奈の普段の服装を思い浮かべた。
動きやすさを重視したTシャツにデニム、スニーカー。
それはそれで玲奈に似合っているとは思うのだが、時折、街で見かける可愛らしいワンピースを着た女性たちに目を奪われることもあった。
「玲奈ってさ、いつもカジュアルな服が多いじゃん?」
「ああ、そりゃ運動部出身だし、動きやすいのが一番でしょ。それに、私にそういう可愛い服って似合わないし」
玲奈は少しだけ眉を下げて、困ったように笑った。
その言葉に、拓真は胸の奥で小さな抵抗を感じた。
玲奈は自分を過小評価しているのではないか。
彼女の普段の姿とは違う、新しい一面を見てみたいという純粋な願望が拓真の中にあった。
「そんなことないよ。玲奈はスタイルいいし、絶対可愛い服も似合うと思うんだ。たまにはさ、ワンピースとか、女の子らしい服も着てみたらどうかな?」
拓真は、自分の提案が少し唐突すぎたかと心配になった。
玲奈がどう反応するか、少しだけ身構える。
玲奈は拓真の言葉をじっと聞いていたが、意外なことに怒るでもなく、困るでもなく、にやりと口角を上げた。
「へえ、たくまがそんなこと言うなんて珍しいね。ま、いっか。そこまで言うならさ、たくまが一緒に選んでよ。私が似合うって思う服を、たくまが選んでくれるんでしょ?」
玲奈の真っ直ぐな視線に、拓真は少しだけたじろいだ。
まさか、玲奈から「一緒に選んで」という言葉が出てくるとは思わなかったのだ。
しかし、それは拓真にとって願ってもない提案だった。彼女の新しい一面を引き出すチャンスだ。
「え、俺が? そ、そうだな。俺が玲奈に似合う服、一緒に選んであげるよ!」
拓真は、心の中でガッツポーズをした。玲奈も楽しそうに笑っている。
二人の間に、これからの休日への期待がふわりと舞い上がった。
休日の午後、拓真と玲奈は、都心にある大きなショッピングモールへと繰り出していた。
玲奈は今日も動きやすいパーカーにジーンズ姿で、隣を歩く拓真は内心、今日こそ玲奈を大変身させてやるぞ、と意気込んでいた。
「すごいね、このモール。こんなに広いんだ」
玲奈が目を輝かせながら言った。
普段、洋服を買いに来ることはあまりないらしく、きょろきょろと周囲を見回している。
そんな玲奈の様子に、拓真は少し嬉しくなった。
「だろ? じゃあ早速、可愛い服探しに行こうぜ」
拓真は玲奈の手を引き、目的のレディースアパレルショップへと足を進めた。
店内は、ふわふわとした素材の服や、レースの飾りがついたブラウス、色とりどりのスカートなどが並び、甘い香りが漂っている。
普段はTシャツとデニムばかりの玲奈にとって、完全に異空間だろう。
玲奈は少し居心地悪そうに、でも興味深げに店内を見回していた。
「玲奈、これとかどうかな? 淡いピンクのブラウスに、花柄のスカートとか」
拓真が自信満々に選んだ服を玲奈の前に差し出すと、玲奈は眉をひそめた。
「えー……私にピンクはちょっと。それに、花柄ってガラじゃないし」
玲奈の即答に、拓真は少しがっかりした。
やはり、玲奈のイメージを変えるのは一筋縄ではいかないらしい。
拓真はめげずに店内を物色し、いくつかの服を玲奈に提案してみたが、どれもこれも玲奈の反応は芳しくない。
「これは玲奈にはちょっと甘すぎるかな……」
「これは、ちょっと丈が短いかも……」
試着室から出てくる玲奈を見るたびに、拓真は「うーん」と唸った。
玲奈は試着するたびに、普段見せないような困った顔をしたり、少し照れたりして、その表情の変化を見るのは楽しかったのだが、なかなか「これだ!」という服に巡り合えない。
諦めかけたその時だった。
拓拓真の目に飛び込んできたのは、シンプルな中に可愛らしさがある、白地に紺のドット柄ワンピースだった。
ウエスト部分が絞られていて、裾がふんわりと広がるデザイン。
派手すぎず、でもしっかりと女の子らしさを主張している。
「玲奈! これ、どうかな? これなら玲奈も着やすいんじゃないかな」
拓真はワンピースを手に取り、玲奈に差し出した。
玲奈は、そのワンピースをじっと見つめた。
少し迷うような表情を浮かべた後、意外にも素直にそれを受け取った。
「ドット柄か……うん、悪くないかも。ちょっと着てみるね」
試着室に入っていく玲奈を見送ると、拓真はなぜか、期待と少しの緊張で胸が高鳴った。
どんな玲奈が出てくるのだろう。
数分後、試着室のカーテンが開き、玲奈が姿を現した。
拓真は、思わず息をのんだ。
そこに立っていたのは、いつものボーイッシュな玲奈とはまるで違う、可憐な女性だった。
白地に紺のドット柄ワンピースは、玲奈のすらりとした手足によく映え、普段のカジュアルな服装からは想像もできないほど、彼女の魅力を引き出していた。
「どう? 変じゃない?」
玲奈は少し照れたように、でもどこか自信なさげに尋ねた。
拓真は、感動のあまり言葉が出なかった。
「す、すごい……! 玲奈、すっごく似合ってる! めちゃくちゃ可愛い!」
拓真は興奮気味に言った。
玲奈は、拓真の言葉に少しだけ頬を染め、照れくさそうに笑った。
その笑顔は、普段のサバサバとした玲奈とは違う、甘やかな雰囲気だった。
「ほんとに? 自分ではこういうの、あんまり着ないから変な感じだけど……たくまがそう言うなら、買っちゃおうかな」
玲奈は鏡の中の自分をじっと見つめながら、少しだけ迷ったような素振りを見せたが、最終的にはそのワンピースを購入することに決めた。
拓真は嬉しくてたまらなかった。
他にも、そのワンピースに合うような可愛らしいパステルカラーのカーディガンや、シンプルなパンプス、そして足首にリボンのついた可愛らしい靴下まで、玲奈は拓真の提案をほとんど断ることなく、一緒に選んでくれた。
会計を済ませて店を出ると、玲奈が少しだけ真剣な表情で拓真を見つめた。
「ねえ、たくま」
「ん?」
「私が女の子っぽい服着たら、ちゃんと褒めてくれる? からかったりしない?」
玲奈の言葉に、拓真はドキリとした。
彼女は、もしかしたら自分に似合わないと思っている「女の子らしい服」を着ることに、少しだけ不安を感じているのかもしれない。
その不安を取り除いてあげたい、心からそう思った。
「当たり前だろ! 玲奈は、何を着ても可愛いよ。それに、今日のワンピースなんて最高に似合ってたし、これからはもっと褒めるから! 約束する!」
拓真は、玲奈の目を見て力強く言った。
玲奈は、その言葉に安心したように、ふわりと微笑んだ。
その笑顔は、今日買ったワンピースと同じくらい、拓真の心を温かくするような、優しさに満ちていた。
買い物を終えた二人は、ショッピングモールの中にある居酒屋へと足を運んだ。
昼間から飲むお酒は、特別な開放感がある。
「ぷはー! 買い物も楽しかったけど、やっぱりこれだね!」
玲奈がキンキンに冷えたビールを一気に煽り、満足そうにため息をついた。
拓真も、同じくビールを一口飲む。
「だな! 今日は付き合ってくれてありがとうな、玲奈」
「いいえー、むしろ色々と選んでもらっちゃって。あんなに真剣に選んでくれるとは正直思わなかったよ。たくま、意外と女子の服選びに詳しいんだね」
玲奈がからかうように言うので、拓真は少し照れた。
「そ、そんなことないって。ただ、玲奈に似合う服を見つけられてよかったなって思ってるだけだよ」
拓真は、そう言いながら、玲奈が買ったばかりのワンピースが入った紙袋に目をやった。
真っ白な紙袋から少しだけ覗くドット柄の生地が、拓真の想像力をかき立てる。
玲奈が、あのワンピースを着ている姿。
きっと、いつもの玲奈とは全く違う、もっと可憐で、守ってあげたくなるような雰囲気だろう。
長い髪を少し巻いて、あのワンピースを着て、拓真の隣に座っている玲奈。
そんな想像をするだけで、拓真の顔は思わずニヤけてしまう。
「ふふっ、そんなに楽しみ?」
玲奈が、拓真の顔を覗き込むようにして言った。
その声には、からかいと、そして少しだけ挑発的な響きが含まれている。
拓真は、はっと我に返り、慌てて口元を締めた。
「な、何を言ってるんだよ、玲奈。べ、別にそんな……」
「えー、だって、たくまの顔、完全にニヤニヤしてたよ? もしかして、私がそのワンピース着てる姿、想像してた?」
玲奈はさらに追い打ちをかけるように、にやりと笑った。
その笑顔は、拓真の図星を突かれた羞恥心をさらに刺激する。
玲奈は、拓真の動揺を面白がっているようだった。
「う、うるさいな! ちょっと、期待しちゃっただけだろ!」
拓真は、顔が熱くなるのを感じながら、ヤケになってビールを煽った。
冷たい液体が喉を通り過ぎるたびに、体の中からじんわりと熱が広がっていく。
「ふーん。まあ、私も新しい服、楽しみだよ。たくまがそんなに期待してるなら、早く着てあげなきゃね」
玲奈は悪戯っぽく微笑んだ。
その言葉は、拓真の酔った頭をさらに混乱させる。
期待と、そして少しだけ膨らむ妄想に、拓真の心臓は高鳴った。
居酒屋の料理は美味しく、お酒もどんどん進んだ。
拓真は元々お酒に強い方ではなかったため、あっという間に顔が赤くなり、呂律も回らなくなってくる。
「れ、玲奈……俺、もうダメだ……ふわふわする……」
拓真はテーブルに突っ伏しそうになりながら、かろうじて声を絞り出した。
玲奈は、そんな拓真を見て、呆れたような、でもどこか優しい目をして笑っていた。
「たくま、本当にお酒弱いんだから。ほら、もう一杯だけ水飲んで、今日はもうやめにしよっか」
玲奈は拓真のグラスに水を注ぎ、それを拓真の口元に持っていく。
拓真は言われるがままに水を飲み、そのまま意識が朦朧としてきた。
玲奈が何かを話しているのが聞こえるが、その言葉はもう、拓真の耳には届いていなかった。
玲奈が、タクシーを呼ぶためにスマートフォンを操作しているのが、ぼんやりと見えた気がした。
タクシーに揺られ、拓真は玲奈のマンションに着いた。
玲奈は、ぐったりと酔い潰れた拓真を、まるで大きな荷物のように抱えながら、部屋へと運んでくれた。
「たくま、シャワー浴びてきな。このままだと気持ち悪いでしょう」
玲奈は、拓真をベッドに座らせて、優しい声で言った。
拓真は朦朧とした意識の中で、玲奈の言葉を聞き、なんとか体を動かした。
ふらふらとバスルームへと向かい、シャワーを浴び始めた。
冷たい水が、少しだけ酔いを覚ましてくれる。
シャワーを浴びながら、拓真は玲奈が自分に選んでくれたあのワンピースのことを考えていた。
玲奈が、あのワンピースを着て、自分の隣に立っている姿。
想像するだけで、また顔が熱くなる。
早く、玲奈の可愛い姿が見たい。
その時、拓真の頭の中に、ある悪魔的な考えがひらめいた。
玲奈は、いつも自分をからかうのが好きだ。
拓真が照れたり、慌てたりする姿を見て、楽しそうに笑う。
それなら、たまには自分も玲奈を驚かせてやろうか。
シャワーから上がり、体についた水滴を拭き取る。
タオルで体を拭きながら、脱衣所に置いてある着替えに目をやった。
いつも玲奈の家に泊まる時は、玲奈が用意してくれるTシャツとスウェットが置いてあるはずだ。
しかし、そこに置かれていたのは、拓真が想像していたものとは全く違うものだった。
目に入ってきたのは、玲奈の可愛らしいレースのついた下着と、そして、まさか、と二度見したくなるような、あの白地に紺のドット柄ワンピースだった。
玲奈のいたずら心は、拓真の想像をはるかに超えていた。
「え……嘘だろ……?」
拓真は、その光景に呆然とした。
玲奈の可愛らしい下着と、自分が玲奈に選んだワンピース。
なぜ、これが自分の寝巻き代わりに置いてあるんだ?
拓真は、その場に立ち尽くした。
脳裏には、玲奈の悪戯っぽい笑みが浮かんでくる。
きっと、シャワーを浴びている間に、玲奈がこっそり置いていったに違いない。
玲奈の「たくまを驚かせてやろう」という企みが、透けて見えるようだった。
普通なら、ここで怒るところだろう。
しかし、拓真の酔った頭は、なぜか冷静な判断力を失っていた。
むしろ、玲奈のいたずら心に、自分も乗ってみようかという、そんな危険な考えが芽生えてきた。
「ははっ、玲奈め。面白いこと考えるな」
拓真は、小さく呟いた。
酔いが、拓真の羞恥心を麻痺させていた。
こんな状況だからこそ、普段なら絶対にしないような、大胆な行動に出てみようか。
ウケ狙いで、玲奈のワンピースを着て、玲奈の前に現れてやろうか。
玲奈がどんな反応をするか、見てみたい。
そんな好奇心が、拓真の心の中で膨らんでいった。
拓真は、少しだけ躊躇しながらも、玲奈の下着を手に取った。
小さなレースが、拓真の大きな手の中で、まるで玩具のように可愛らしく見えた。
そして、その上に、あのドット柄ワンピースを重ねる。
玲奈の服は、拓真にとってはかなり小さかったが、酔った勢いで、無理やり体にねじ込んだ。
きつくて、腕の部分も丈も足りないが、なんとか着ることができた。
鏡に映る自分の姿を見て、拓真は思わず噴き出した。
そこに映っていたのは、まさしく「女装した自分」だった。
普段の拓真からは想像もつかない、奇妙な姿。
しかし、その奇妙さが、逆に拓真の心を高揚させた。
「よし、これで玲奈を驚かせてやる!」
拓真は、酔った勢いそのままに、バスルームのドアを開けた。
バスルームから出て、玲奈が待つリビングへと足を踏み入れた拓真は、少しだけ緊張した。
玲奈はソファに座ってスマートフォンをいじっていたが、拓真の姿を見ると、その手がぴたりと止まった。
「……たくま?」
玲奈の目が、拓真の姿を捉えた瞬間、大きく見開かれた。
そして、次の瞬間、玲奈の口から盛大な爆笑がこぼれ落ちた。
「ぶふっ! や、やっぱり着たんだ! たくま、まさか本当に着るなんて!」
玲奈はソファから転げ落ちそうになるほど笑い転げ、腹を抱えて顔を真っ赤にしていた。
拓真は、玲奈の反応を見て、少しだけ恥ずかしくなったが、同時に達成感も感じていた。
自分の予想通りの反応だ。
「玲奈、お前、わざとだろ! こんなの置いておくなんて、酷いじゃないか!」
拓真は、文句を言いながらも、どこか楽しそうだった。
玲奈は涙を流しながら笑い続け、やっと落ち着いたところで、拓真に提案した。
「ねえ、せっかくだからさ、その服で私を誘惑してよ。女の子っぽくさ♪」
玲奈は、悪戯っぽい目で拓真を見つめた。
その言葉は、拓真の酔った頭をさらに刺激する。
誘惑ごっこ。
普段の自分では絶対にできないような、大胆なこと。
しかし、酔いが拓真の理性を麻痺させ、新しい自分を試してみたいという衝動が湧き上がってきた。
「ゆ、誘惑って……どうすればいいんだよ」
拓真は、戸惑いながらも、玲奈の視線から逃れられずにいた。
玲奈は、にやにやしながら言った。
「んー、例えば、こう……『お兄さん、寂しいの?』みたいな? あとは、ちょっとセクシーなポーズとか!」
玲奈は、身振り手振りでジェスチャーをしてみせた。拓真は、恥ずかしさに顔を赤くしながらも、酔った勢いでノリに乗ることにした。
「しょ、しょうがないな……お姉さん、寂しいの?」
拓真は、普段の自分からは想像もできないような、甘ったるい声を出して言ってみた。
玲奈は、その声を聞いて、さらに爆笑した。
「ははは! 声が低いよ、たくま! もっと可愛い声で!」
玲奈の指示に、拓真はさらに羞恥心を感じながらも、もう後には引けないとばかりに、さらに大胆なポーズを繰り出した。
片足を少し前に出し、片手を腰に当て、もう片方の手を頬に添える。
まるでアイドルが雑誌のグラビアで撮るようなポーズだ。
ワンピースの丈が足りず、太い脚が丸見えになっているのが、さらに滑稽さを増している。
玲奈は、その拓真の姿を見て、笑いすぎて息ができないほどだった。
「ちょ、ちょっと待って! 最高すぎる! それ、写真撮っていい? これは永久保存版だよ!」
玲奈は、スマートフォンを取り出し、拓真にカメラを向けた。
拓真は、一瞬ためらったが、もうどうにでもなれという気持ちで、さらにポーズを決めてみせた。
ピースサインをしたり、投げキッスのポーズをしたり。
玲奈はシャッターを切り続け、拓真の女装姿を次々と写真に収めていった。
「ははは! 最高! ああ、もうお腹痛い!」
玲奈は、笑いすぎてソファにもたれかかった。
拓真も、恥ずかしさと酔いで、全身から力が抜けていくのを感じた。
「もうダメだ……俺、もう無理……」
拓真は、ソファの横に置いてあったクッションに顔を埋め、そのままベッドに倒れこんだ。
意識が薄れていく中で、玲奈が楽しそうに笑っている声が聞こえた。
「たくま、おやすみー! 可愛い寝顔だよー!」
その言葉を最後に、拓真の意識は完全に途絶えた。

ワンピースって楽ですよね。
1枚着るだけで完結してますし。
下着までつけるのは好みの問題ですかね?
窮屈な感じもありますが、肌触り的には結構あり。
下も穿いたらブラも付けちゃって良いかな?
男性には意味がないようで、そうでもないと思うときもある。
何が?と聞かれると、説明は出来ない。
翌朝、平常心に戻ってから
翌朝、拓真は激しい頭痛とともに目を覚ました。
ズキズキと痛むこめかみに手を当て、ゆっくりと目を開ける。
見慣れない天井。ああ、玲奈の家だ。
「うー……二日酔いか……」
寝返りを打とうとして、違和感を覚えた。
いつもと違う肌触り。体が締め付けられるような感覚。
そして、視界に入ってきたのは、白い布地に紺色のドット柄。
拓真の頭は、一瞬にして真っ白になった。
「え……嘘だろ……?」
自分が、玲奈に選んだあのワンピースを着て寝ていることに気づき、拓真は飛び起きた。
きつくて、丈の足りないワンピースが、拓真の体に張り付いている。
腕を上げると、ぶかぶかの肩の部分から、拓真の太い腕が見えた。
スカートの裾は膝上までしかなく、普段着ているスウェットとは全く違う感覚に、拓真は混乱した。
昨夜の記憶が、断片的に蘇ってくる。
玲奈のいたずら。酔った勢いでの女装。
そして、玲奈と二人きりでの「誘惑ごっこ」。
「うわああああああああああ!」
拓真は、思わず叫び声を上げた。最悪だ。
なぜ、自分はこんな格好で寝てしまったんだ。
そして、玲奈は、その姿をどう思っているのだろう。
その時、リビングの方から、玲奈の声が聞こえてきた。
「あれ、たくま起きた? おはよう!」
玲奈が、リビングからひょこりと顔を出した。
その手にはスマートフォンが握られており、画面が拓真の方に向けられている。
そこには、昨夜、拓真が女装してポーズを決めている写真が何枚も映し出されていた。
「似合ってるから、もうちょっと着ててよ、たくま」
玲奈は、にやりと笑った。
その笑顔は、昨夜のいたずらっ子な笑顔と全く同じだった。
拓真は、羞恥心と絶望感で、顔を青ざめさせた。
「な、何を言ってるんだよ、玲奈! 早く、早く着替えるから!」
拓真は、ベッドから飛び降り、すぐにでも服を脱ぎ捨てようとした。
しかし、玲奈は首を横に振った。
「ダメだよ。せっかく可愛い服着てるんだから。ねえ、たくま、この格好のまま、朝ごはん作ってくれない?」
玲奈は、さらに追い打ちをかけるような要求をしてきた。
拓真は、絶句した。
この格好で、朝食を作る? 冗談じゃない。
「は、はあ!? なんで俺がこんな格好で……!」
「いいじゃん、たまには。それに、私、たくまの作った朝ごはん食べたいなーって。可愛いワンピース着てる拓真が作ってくれる朝ごはん、絶対美味しいよ」
玲奈は、ニコニコと悪魔のような笑顔で言った。
拓真は、玲奈の言葉に反論する気力も失っていた。
なぜなら、玲奈のスマートフォンには、自分が女装している写真が何枚も保存されているからだ。
もし、この写真を誰かに見られたら……拓真は、その可能性を考えると、ゾッとした。
「わ、分かったよ……作ればいいんだろ……」
拓真は、諦めたようにため息をついた。
玲奈は、満足そうに笑った。
渋々、拓真は玲奈のワンピース姿のまま、キッチンへと向かった。
エプロンをつけるのも、このワンピースの上からでは妙な感じだ。
慣れない手つきで卵を焼き、パンをトーストする。
時折、玲真が横からスマホを構えて、拓真の姿を撮影する。
「たくまー、卵焼き、ハート型にしてくれると嬉しいなー!」
「たくま、お味噌汁の味見してよー! 可愛い顔で!」
玲奈の容赦ない要求に、拓真は何度もため息をついた。
しかし、玲奈の笑顔を見ていると、不思議と嫌な気持ちにはならなかった。
むしろ、玲奈が楽しそうにしているのを見て、少しだけ嬉しくも感じていた。
食卓につくと、玲奈は拓真の作った朝食を美味しそうに食べた。
「うん! たくま、美味しい! やっぱり、たくまが作ると違うね! それに、この可愛い服着てるたくまが作ってくれたからかな? いつもより美味しく感じる!」
玲奈は、満面の笑みで拓真を褒めた。
拓真は、褒められて嬉しいような、でもこの格好で褒められるのは複雑なような、そんな気持ちだった。
食事が終わり、玲奈が片付けを始めた。
拓真は、その間もずっとワンピース姿だった。そろそろ限界だ。早く着替えたい。
「あのさ、玲奈……もう、着替えてもいいかな?」
拓真は、恐る恐る玲奈に尋ねた。
玲奈は、食器を拭きながら、ちらりと拓真に視線を向けた。
「えー? まだいいじゃん。せっかくだから、もう少し着ててよ。私も、たくまがこの格好してるの、結構好きだよ?」
玲奈の言葉に、拓真は愕然とした。
この状況は、いつまで続くのだろう。
拓真は、心の中で深くため息をついた。
昼食も玲奈の家で済ませ、ようやく拓真が着替えを許されたのは、午後もかなり遅くなってからだった。
普段着に着替え、ホッとした拓真は、玲奈に深く感謝した。
「ああ、やっと元の服に戻れた……玲奈、本当にありがとうな。もう、二度とあんな格好はしないからな!」
拓真は、心底ホッとした表情で言った。
玲奈は、そんな拓真を見て、くすくす笑った。
「はいはい。でもさ、たくま」
玲奈は、いつもの悪戯っぽい笑顔から一転、少しだけ真剣な表情で拓真を見つめた。
「思ってたより、可愛かったよ。たくまが、あのワンピース着てるの」
玲奈の素直な言葉に、拓真は少しだけ驚いた。
てっきり、からかわれるだけだと思っていたからだ。
玲奈の言葉は、拓真の心にじんわりと温かいものを広げた。
「え……そ、そうか? 玲奈が言うなら、そうなのかもしれないけど……」
拓真は、照れくさそうに頭を掻いた。
玲奈は、そんな拓真の反応を見て、さらに微笑んだ。
「うん。それに、あのワンピース、私もすごく気に入ったよ。たくまが一生懸命選んでくれたからかな」
玲奈は、そう言って、あのドット柄ワンピースが入った紙袋をそっと撫でた。
拓真は、玲奈の言葉に、嬉しさが込み上げてくるのを感じた。
「そっか……玲奈が気に入ってくれてよかった。でもさ、玲奈もあの服、絶対似合うからね。今度は、玲奈が着てるところ、見せてね」
拓真は、今度は玲奈の目をしっかりと見て言った。
玲奈は、拓真の言葉に、少しだけ頬を赤らめた。
「うん。もちろん着るよ。たくまが選んでくれたんだもん。今度、デートの時にでも着て行こうかな」
玲奈は、嬉しそうに言った。
そして、突然、いたずらっぽい笑顔を浮かべた。
「でもさ、たくま」
「ん?」
「今度は、二人でおそろいもアリかもね? たくまと私で、あのワンピース」
玲奈の冗談交じりの提案に、拓真は言葉を失った。
自分と玲奈が、おそろいのワンピースを着ている姿。
想像しただけで、拓真の顔は真っ赤になった。
「は、はは……それは、ちょっと……」
拓真は、照れくさそうに笑いながら、玲奈から視線をそらした。
玲奈は、そんな拓真の反応を見て、さらに楽しそうに笑っていた。
拓真の顔は、熟れたトマトのように赤くなり、その顔は、玲奈にとって最高の笑顔の種になった。
数日後、拓真のスマートフォンに、玲奈から一枚の写真が送られてきた。
何も考えずに開いてみると、そこには見覚えのあるドット柄のワンピースが映っていた。
そのワンピースを着ているのは、玲真ではなく、拓真自身。
昨夜、玲奈の家で撮られた、女装した拓真の姿だった。
その写真が、拓真のスマートフォンの「待ち受け画面」になっているのを見て、拓真は思わず声を上げた。
「これだけは誰にも見せるなよ……!」
拓真の心からの叫びは、玲奈には届いているのだろうか。
スマートフォンを握りしめながら、拓真はもう一度、その待ち受け画面に映る自分の姿を見た。
そして、小さく、誰にも聞こえないように呟いた。
「……でも、まあ、悪くはない、か……?」
拓真の顔は、少しだけ、いや、かなり赤くなっていた。



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