母親と身体が入れ替わった俺は、同じ駅で四度死ぬ

交換された重心

母の美咲は改札前で待ち、肩を越す栗色の髪と重い斜め前髪を何度も払っていた。

四十一歳の身体には、初夏の湿気が早くまとわりつくらしい。

悠人は、大学へ戻る前に実家の名義書類へ署名するため呼ばれていた。

その様子を、案内所の脇にいた佐伯真帆が見ていた。

灰色の制服を着た彼女は、駅の安全啓発員を名乗った。

佐伯は、銀色の薄い円盤を二枚見せた。

列車の到着を告げる放送が流れ、人の列が一度に動いた。

前を歩いていた子どもが傘を落とし、美咲が反射的に拾おうと屈んだ。

悠人は背後から押される人波を避け、美咲の肩へ手を伸ばした。

佐伯の両手が、二人の背中へ円盤を押し当てた。

冷たい感触は一瞬で消え、次に来たのは骨格の向きが裏返るような眩暈だった。

悠人は膝から崩れたが、床へ着いた手は自分のものより小さかった。

指の腹は柔らかく、爪の縁には薄い桃色が残っていた。

胸元では、姿勢の変化に遅れて肉が下へ移動した。

ブラジャーの帯が肋骨へ食い込み、呼吸の終わりを狭くした。

腰の横幅に加え、黒いロングスカートの布が膝と脛へまとわりつき、立ち上がる順序も分からなかった。

向かいでは、悠人の身体が壁へ片手をついていた。

その顔が、美咲の癖で眉尻を下げた。

「悠人なの」

低い男の声で呼ばれ、悠人は答える前に吐き気をこらえた。

「母さん、だよな」

美咲の喉から出た声は、悠人が記憶していた母の声より内側で響いた。

二人は人目を避け、改札階の多目的洗面室へ入った。

悠人は美咲の携帯を顔認証で開いた。

画面はためらいなく解除され、銀行、仕事、病院の通知が母の顔へ集まった。

美咲が悠人の携帯を持つと、同じように大学とアルバイトの連絡が開いた。

機械は二人の説明より早く、身体の持ち主を決めた。

洗面室を出る時、悠人はドアの重さを読み違えた。

身体ごと引かれ、腰が一歩遅れてついてきた。

美咲が悠人の腕で支えると、その強さは介助より拘束に近かった。

美咲の服を着る作業は、道具の装着に近かった。

ブラジャーの肩紐は左右で長さが違い、短い側だけが皮膚へ細い線を残した。

肩を越す髪は首の後ろへ熱をため、低く結ぶと頭皮が引かれた。

美咲が冷蔵庫へ残していた薬には、食後、就寝前、症状時という三種類の袋があった。

どれが今日必要かを、美咲へ電話して尋ねなければならなかった。

自分の身体の健康なら症状から判断できたが、この身体では痛みが通常値か異常値かも分からなかった。

美咲は悠人の声で、胃薬は飲まなくてよいと答えた。

電話を切ると、今度は美咲の職場から着信があった。

休む連絡を入れるだけなのに、相手は家族の事情、受診先、明日の見込みを順に尋ねた。

悠人が短く答えると、体調より機嫌を心配された。

語尾を柔らかくすると会話は進んだが、母が使っていた声の形が口へ残った。

病院の受付で、悠人は自分の学生証と美咲の保険証を並べた。

受付は学生証を忘れ物として扱い、保険証だけを返した。

「この身体は神谷美咲です。でも中身は神谷悠人です」


キャラクター設定

  • 神谷悠人:美咲の息子。大学に通い、アルバイトもしている。母の身体に入ったことで、体格や声の違いだけでなく、自分の身元を認めてもらえない問題に直面する。
  • 神谷美咲:悠人の母、四十一歳。肩を越す栗色の髪と重い斜め前髪が特徴。青いシャツと黒いロングスカートを着用。息子の身体に入り、力加減や身体感覚の違いに戸惑う。
  • 里奈:美咲の同僚。短いボブの髪をしている。歩き方の変化に気づき、決めつけずに付き添うが、目の前の人物を悠人としては認識していない。

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11話:永劫轢死のファミリー・プラン になります

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