
「はぁ……つまんねぇ」
どこにでもいる男子高校生、直人は日々の退屈さに飽き飽きしていた。
学校と家の往復、友達も少なく、誰にも期待されず、誰にも必要とされていない。
そんな気がしていた。
この日もまた、意味もなく寄り道して公園のベンチに座っていた。
「別に、生きてても意味ねーよなぁ……」
空を見上げると、そこには満月が浮かんでいた。
と、そのとき、視界の端に誰かの気配があった。
「こんばんは」
振り返ると、そこには信じられないほど美しい少女が立っていた。
月光を浴びて金色に輝く瞳、風に揺れる黒髪。
「あなた、少しだけ……体を貸してくれない?」
その声は不思議と心地よく、直人の中の退屈を一瞬で塗りつぶした。
「……え? 何言ってんだ」
「あなた、変わりたいって思ってるでしょ?」
次の瞬間、視界がふっと暗くなった——。
「……は?」
目の前に広がるのは見慣れない景色だった。
白く整った部屋、そしてスマホのロック画面には、見知らぬ少女の顔が映っていた。
鏡の前に立つと、そこにはセーラー服を着た少女の姿。
長い睫毛、艶のある髪、そしてなにより、俺のものではない華奢な体。
「誰だよ、これ……」
そして何より驚いたのは、自分の声が高く、女性的に響いたことだった。
混乱の中、スマホに入っていた予定アプリには、謎のカフェの名前と「報告:夜」とだけ書かれていた。
その夜、言われるがままに指定のカフェへ行くと、あの少女——玲奈が、俺の体で現れた。
「こんばんは、直人君。ちゃんと入れ替わったわね」
「おい、どういうことだよ!」
「私は玲奈。吸血鬼なの。昼は体が動かせない。だから、あなたの体を借りて、昼間を生きているの。 代わりに、あなたは夜の間、私の体で生きていい。もちろん、本能的に昼は外に出られないけどね」
「は? じゃあ俺、昼はずっと家にいるってことか?」
「そう。私の体は昼間、日光で強制的に眠くなる。本能的に外出できない仕組みなの」
「ふざけんなよ……」
だが、驚くことに、その“家”の中は妙に居心地がよかった。
古い洋館のようなインテリア、整ったキッチン、数百冊の本。
「俺がここで……引きこもってろって?」
「うん。でも、退屈はしないと思う。あなたが望んだ“非日常”は、もう始まっているんだから」
夜になると、俺は玲奈の体で自由に動けるようになった。
だが、それと同時に彼女の”仕事”に付き合う羽目にもなった。
それは、血を求めて彷徨う”衝動型”の吸血鬼たちの制御、つまり処理だった。
「この世界には、吸血鬼は3タイプいるの。衝動型、理性型、そして私みたいな”選択型”」
玲奈は、血を吸うかどうかを選べる存在。
だが、そうでない者たちは、人間を襲う。
「それを止めるのが、私の役目。そして、今はあなたも」
言葉とは裏腹に、玲奈の表情はどこか苦しそうだった。
ある夜、処理を終えた後、彼女はぽつりと言った。
「ねえ、直人君。私って、誰かにとって”必要”な存在なのかな」
「は?」
「私、長生きしすぎて、何が大切か分からなくなってきたの。だから、あなたの中の”人間らしさ”が羨ましい」
初めてだった。彼女が心の奥を覗かせたのは。
ある日、俺は彼女の部屋で、古いアルバムを見つけた。
中には、人間だった頃の玲奈の写真があった。
「100年前の写真だよ」
そう呟いた彼女の声は、いつもより小さかった。
「私は、大切な人を救うために吸血鬼になった。でも、その人は私のことを忘れてしまったの」
彼女の過去は、犠牲と喪失に満ちていた。
その孤独が、俺の胸にも染みてくる。
「今のあなたには、私の心が少しずつ映ってる。だから、あなたも夢を見るようになったでしょ?」
そう。最近、俺は見知らぬ記憶を夢で見るようになっていた。
血の香り、古い洋館、泣きながら抱きしめる誰かの姿。
それは、彼女の記憶だ。
入れ替わりの契約は、満月の夜に再選択できる。
元に戻るか、それとも——
「戻れるのなら、戻りたい。でも……」
俺は彼女の目を見つめる。
「玲奈の心に触れて、少しだけ、自分が誰かの”居場所”になれるって思ったんだ」
「それは、私も同じ……」
彼女の手が、俺の手に重なった。
「じゃあ、私たち、しばらくこのままでいようか」
入れ替わったままの人生を選ぶ。
奇妙で、でも少し温かい、そんな新しい日々。
夜の街を歩くふたり。
玲奈の姿をした俺と、俺の姿をした玲奈。
どちらがどちらでも、もうあまり関係ない。
「直人君」
「うん?」
「あなたの中の私も、少し笑ってるみたい」
「そっちこそ、俺の顔で笑いすぎ」
ふたりの笑い声が、夜の空気に溶けていく。
世界は何も変わっていないようで、確かに変わっていた。
それは、心と心が交わった証拠だった。

吸血鬼になるとかちょっと怖いですが
個人的に、人型であればまあいいかとも思ってしまいます。
昼間に外に行けないのは不便ですが
フィンランドとか行けば、極夜があるから一日動ける?
まあ、動けても家で引きこもってそうですがw
若干自分で作ってて意味不明な感じがします。。。
吸血鬼と交換された僕(玲奈視点)
「ふぅ……太陽って、こんなにも眩しかったのね」
カーテンの隙間から差し込む朝日が、まるでナイフのように目を刺した。
だが、それは痛みではなかった。
むしろ新鮮な感覚。
鏡の前には、短く切りそろえられた黒髪、少し眠たそうな目をした男子高校生の顔。
「直人くん、ね……。今日から、少しの間だけ借りるわ」
私は、彼の体に入って二日目を迎えていた。
「おーい、直人ー! 学校行くぞー!」
ドアの外から聞こえる声に、一瞬思考が固まった。
これは……友達?
「……はい。今、行くわ」
慌てて制服に着替え、髪を整える。
人間の男子高校生としてのふるまい、まだ慣れない。
「おっ、今日は目覚めいいな。珍しい」
隣を歩く少年の名前は、たしか“タカシ”。
彼の記憶からわかった。
「うん、なんか、ちょっと世界が違って見えるっていうか」
「は? また寝ぼけてんな」
思わず苦笑する。
この体を通じて見る風景は、すべてが懐かしくて、それでいて遠い。
人間だった頃の記憶が蘇るようだ。
「直人くーん、プリントまわしてー」
「昨日の宿題やった?」
「ノート貸してー」
学校という場は、人と人の距離が近すぎる。
人間だった頃、こんなに話しかけられていたかしら?
「……あ、はい」
慣れない言葉遣い、ぎこちない笑顔。
だけど、周囲は特に気にしていないようだった。
「直人、最近ちょっと雰囲気変わったなー。なんか、落ち着いた?」
昼休み、タカシが言った。
「そ、そうかな……」
「うん、つか、女子受け良くなってね? 昨日も○○が『直人ちょっとかっこよくなった』とか言ってたし」
思わず息をのんだ。
こんなに誰かと近くにいて、言葉を交わすのは久しぶりだった。
夕焼けに染まる歩道。部活帰りの生徒たちの笑い声が遠くで響いていた。
「直人ー、最近ほんと明るくなったよな。なにかあったんか?」
「……ちょっと、ね。変わるきっかけがあったの」
「へぇー……ま、いいことだよな」
沈む太陽を見ながら、私は胸に手を当てた。
これは“誰かと生きる”ということ。
吸血鬼として過ごす何百年の間、ずっと忘れていた感覚だった。
「おかえり、直人。夕飯できてるわよ」
彼の母親——優しい声の女性が、笑顔で迎えてくれた。
「……ただいま」
この“ただいま”が、こんなにも温かい言葉だったとは。
夕飯はカレーライス。香辛料の香りが鼻をくすぐる。
「今日は部活どうだった?」
「うん、まぁまぁ、かな」
他愛もない会話。
だが、私にとっては宝石のようなひとときだった。
夜の帳が下り、私は玲奈の洋館に戻る。
大きな鏡の前に立つと、そこにはセーラー服姿の少女——私の本来の姿。
「……直人くん、今日はどんな日だった?」
鏡越しに話しかける。
実際には声は届かないけれど、心の奥では繋がっている気がした。
「君の人生、意外と楽しいかもしれない」
ふと、鏡の中の少女が微笑んだような気がした。
ある日、授業の帰りに、タカシがぽつりと言った。
「直人、最近さ……なんか、女子っぽくなったって噂だぞ」
「えっ……」
「でも俺は、今の方が好きだけどな。なんていうか、ちゃんと向き合って話せる感じ」
私は立ち止まった。
吸血鬼として人と関わることを避けてきた。
だが、こうして“誰かに好かれる”というのは……
悪くない。
むしろ、こんなふうに見てくれる存在がいることに、胸が熱くなった。
放課後、突然の雨。
傘を持っていなかった私は、校舎の軒下で雨宿りしていた。
「直人、入れよ」
傘を差し出してきたのは、クラスメイトの女子、ユミだった。
「ありがとう……」
「なんか最近、優しくなったよね。前はちょっと暗かったのに」
「そう、かな……」
「……あたし、今の直人の方が好きかも」
心臓が跳ねた。だが、それは私の心臓ではない。
借りている体が、反応した。
「……ありがとう」
私は、照れ隠しのように微笑んだ。
満月の夜、あのカフェで再び直人と向かい合う。
「玲奈、どうだった? 僕の体での生活」
「……思ってたより、ずっと温かかった。あなたの周りには、ちゃんと人がいた」
「でも、それを玲奈が引き寄せたんじゃない?」
「かもしれない。でもね、私はこの体を借りて、自分がどれだけ孤独だったか気づいたの」
「それじゃ……契約、どうする?」
私はしばらく考えた後、言った。
「もう少し、このままでいさせて。……私、まだ、知らないことがたくさんあるから」
教室で、ふとタカシが声をかけてきた。
「なぁ、直人」
私は笑った。
この笑顔が、少しずつ自分のものになっていく気がした。
“玲奈”ではなく、“直人”として生きることに、意味が生まれつつある。
夜の帳が降りるまで、もう少しこの体を借りよう。
そしていつか、自分の言葉で「ただいま」と言えるようになるその日まで。



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