
「お前さ、もっと男らしくしろよ!」
クラスメイトの拓真が、俺の肩をがしっと掴みながら笑って言う。
周りの男子たちも「そうそう」と適当に相槌を打ち、ふざけ合っていた。
「はは……」
曖昧な笑顔を浮かべるのが、俺の精一杯だった。
彼らの言う「男らしさ」が何なのか、俺にはよく分からない。
ただ、俺は彼らのように騒ぐのが得意ではないし、腕相撲やスポーツで競い合うことにも興味が持てない。
昼休みに教室の隅で本を読んでいると、「もっと外で遊べよ」と言われる。
ふざけてボディタッチをされるのも苦手で、できるだけ目立たないように過ごしているのに、それでも「男らしくしろ」と言われる。
――じゃあ、「男らしさ」って何なんだろう?
「遥斗(はると)、お前さ、マジで大丈夫か?」
拓真が不思議そうに俺を覗き込む。
「え? 何が?」
「なんか、たまにぼーっとしてるっていうか……お前、ノリ悪いし」
「あー、まあ……ごめん」
そう言って頭をかくと、拓真は「まあ、別にいいけどな!」と笑ってどこかへ行ってしまった。
俺はそっと息を吐く。
このまま、そっとやり過ごそう。
誰にも気づかれないように。
そう思いながら、俺は今日も放課後、まっすぐ家へ帰るのだった。
部屋に入り、ドアを閉めると、ようやくほっとする。
俺はすぐにクローゼットを開け、奥から大切な箱を取り出した。
そっと蓋を開けると、中には可愛らしい服たちが丁寧に畳まれ並んでいる。
白いブラウス、ネイビーのドット柄スカート、ふんわりしたフリルのついたハイソックス、そしてリボン付きのパンプス。
これらを身につける時間だけが、俺が本当の自分になれる瞬間だった。
着替えを終え、鏡の前に立つ。
「……綺麗」
白いブラウスは柔らかくて、肌触りが心地いい。
スカートはふんわりと広がり、レースの裾が軽やかに揺れる。
ハイソックスを履いた足元は、パンプスで引き締められていて、とても可愛らしい。
ウィッグを整え、鏡の中の自分と目が合う。
学校では見せたことのない笑顔が、そこにはあった。
「……ふふっ」
思わず笑みがこぼれる。
俺はスカートをひるがえし、部屋の中をそっと歩く。
「ねえ、もっと笑って?」
鏡の中の自分に語りかけると、心がふわっと軽くなる。
――この時間が、俺にとって一番幸せな時間だ。
そんな日々が続いていたある日。
「遥斗、ちょっと入るわよ」
母さんの声がして、ドアノブが回る音がした。
「――っ!」
心臓が止まりそうだった。
慌ててクローゼットに隠れようとしたが、間に合わない。
「遥斗、あんた今日、買い物――」
母さんの声が途中で止まる。
部屋の中には、女の子の服を着た俺。
スカートの裾を指先で掴んだまま、固まってしまった。
「……」
母さんは一瞬驚いた顔をした。
けれど、その表情はすぐに柔らかくなった。
「……そう、そういうことだったのね」
その言葉の意味が、すぐには分からなかった。
「お母さん、ずっと心配してたのよ。学校のこと、友達のこと。あなたがいつもどこか無理してるんじゃないかって」
「……」
「でも、こうしてるときのあなたは、本当に楽しそう」
「……」
何も言えなかった。
「遥斗、無理しなくていいのよ。誰かに強制されるものじゃないわ」
母さんは優しく微笑んでいた。
「……ありがとう」
ぽつりと、言葉がこぼれた。
母さんに見られたことは、怖かったはずなのに。
それでも、心のどこかで「ほっとしている自分」がいた。

親バレはかなり辛いですが、納得してもらえるならありですね。
実際に親に納得してもらって、服買ってもらってる人もいますし。
逆に伝えるのは早い方が傷が浅くて済むかもしれません。
アラフォーで家庭を持ってから打ち明けようものなら
多分色々崩壊しますね。
なので私は親には言いません。
相方だけです。相方の両親にも言えません。。。
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