「お疲れさまです!」
居酒屋「花鳥風月」の暖簾をくぐり、店の奥へと進む。
店内は照明が少し暗めで、落ち着いた雰囲気が漂っている。
和風のコスチュームを着た女性スタッフが、一杯目のビールを手渡してくれた。
僕――大崎涼太は、社会人として何年か働いているものの、特に目立つ成果も出せないダメ社員だった。
社内での評判は悪く、仕事もそつなくこなすことができない。
上司に怒鳴られ、同僚には見下され、モチベーションは限りなく低い。
自分でも「こんな人生でいいのか?」と自問する毎日だったが、答えが出るわけもない。
そんな自分を紛らわせるため、今夜もいつもの居酒屋にやってきた。
とにかく酔いたい。その一心で、次々とグラスを空けていく。
「もう一杯…頼む」
視界がぼやけ、手元も覚束なくなってきた頃、さっきの店員が再びやってきた。
鮮やかな和風コスチュームに包まれたその姿が、やけに美しく映る。
「大丈夫ですか?」と彼女が声をかけてきたが、僕はほとんど反応できずに、ぐらりと前に倒れそうになる。
「ふぅ…もう限界かな…」
そう呟いた途端、突然視界が真っ暗になり、僕は意識を失った。
目が覚めた時、僕は居酒屋の厨房に立っていた。
辺りを見回すと、何かがおかしい。
手を見下ろすと、そこには白くて華奢な女性の手が。
驚いて周囲を確認しようと足を踏み出すと、足元には赤と白の模様が施された着物風の店員コスチュームが見えた。
「え…何これ…?」
すぐに手鏡を探し、厨房の隅で見つけた鏡をのぞき込む。
そこに映っていたのは、ついさっきまで自分に酒を注いでいた、居酒屋の女性店員の顔だった。
「まさか…入れ替わった?」
そう呟くと、背後からうめき声が聞こえた。
振り返ると、そこには僕だったはずの男が、酔いつぶれて座り込んでいた。
――いや、あの身体はもう僕じゃない。今、僕はこの若くて美しい女の子になっているのだ。
「これは…チャンスかもしれない」
彼女の身体を手に入れたことで、僕は自信が湧き上がってくるのを感じた。
会社でダメ社員として見下されていた自分とは違い、この新しい身体なら何でもできる。
そう思うと、自然と笑みがこぼれた。
「この身体を、上手く使ってやる」
その日以降、僕は居酒屋のバイトを辞め、この若い女性の身体で新しい道を進むことにした。
彼女の見た目の良さと積極的な性格のおかげで、すぐに企業での仕事が見つかった。
以前の自分が経験したような社内での冷たい扱いとは違い、上司や同僚たちは僕を頼りにしてくれる。
「大崎のやつが辞めた後に入った子、仕事がんばってるな」
噂が広がる中、僕は着実に成果を出していった。
プロジェクトのリーダーを任され、部下を持つまでに昇進した。
すべてが順調だった。
元の「大崎涼太」なんて、もうどうでもいい。
今の僕は、この美しい身体で新たな人生を謳歌している。
一方、僕の元の身体――つまり「大崎涼太」として生きることになった店員の女の子は、以前の僕以上に苦しい生活を送っていた。
企業で働く経験もなく、スキルも身についていない彼女は、すぐに会社を辞めざるを得なかった。
「なんで…どうしてこんなことに…」
自分の美しさもなくなり、周囲から期待もされない中で、彼女は居酒屋のバイトに戻らざるを得なかった。
日々の生活は苦しく、バイトでの収入も限られている。
彼女は泣きながら、失われた自分の人生を懐かしむことしかできなかった。
数ヶ月後、僕――今ではすっかり「新しい自分」として充実した毎日を送っている――は、偶然あの居酒屋の前を通り過ぎることがあった。
店の窓越しに見えたのは、以前の僕の身体でバイトをしている彼女だった。
疲れ果てた表情で、慣れない手つきで客に料理を運んでいる。
「元の身体に戻っても…もう何もできないさ」
僕はそう心の中で呟きながら、その場を立ち去った。
戻りたいという気持ちはまったくなかった。
今の自分は若くて美しい、そして企業でも結果を出せる存在だ。
すべてはうまくいっている。今さら後悔することなど何もない。
「これからも、私はこの身体で生きていく」
その決意を胸に、僕は新しい人生を歩み続けた。
なかなか非道い話になってしまった。
実際には若い子よりも地位が安定してきている人になった方がレールは引かれてますが。
でも、何かにチャレンジするなら若い方がいいですよね。
中身が変わってなければ、元の仕事をしてもすぐにボロが出そうだし。
こんな上手くはいかない気がします。
コメント