「……ん？」
目を覚ました瞬間、妙な違和感があった。
視界がぼやけている。長い髪が視界に入る。妙に肩が軽い。
何よりも――
「えっ、なにこれ……！」
高い女性の声が、俺の口から出ていた。
慌てて起き上がろうとすると、シーツがふわりとめくれ、見慣れない白いネグリジェが視界に入った。
混乱しながらベッドサイドの鏡を覗き込むと、そこには職場の同僚・藤崎彩花（ふじさきあやか）の顔が映っていた。
「……嘘だろ？」
だが、状況を整理する間もなく、枕元のスマホが鳴る。
発信者名は「俺（飯田翔）」――つまり、本来の俺の体。
「お前……もしかして……」
通話を取ると、予想通りの女性の声が返ってきた。
『ちょっと、飯田！？ これ、どういうこと！？』
「そっちこそ！ 俺の体、どうなってんだよ！」
『どうもこうも、私が男になってるの！ 何これ、夢！？』
「俺も夢だと思いたいけど……どうやら違うみたいだな……」
お互い、言葉を失う。
昨夜は会社の飲み会だった。
その後、終電近くの駅で藤崎と別れた記憶はある。
その次の記憶が、この状態だった。
「とりあえず、会社には行かないとまずいな」
『行くって……この状態で？』
「仕方ないだろ。二人とも休んだら怪しまれるし、事情が分かるまで普通に過ごすしかない」
『そんな、無理よ！』
「無理って言われても……」
俺はため息をつき、「お互いのフリをして会社に行く」という提案をするしかなかった。
会社に着くと、俺（藤崎）の体）はすでに緊張でガチガチだった。
ヒールでの歩き方が慣れず、慎重に歩いていたが、それだけで変な汗をかく。
「藤崎さん、おはようございます！」
「お、おはようございます……」
同期の女性社員たちに声をかけられ、思わずたじろぐ。
普段の藤崎なら自然に会話を返すはずだが、俺が中身ではそうもいかない。
『もう、ちゃんと笑いなさい！ ぎこちなさすぎる！』
イヤホン越しに、俺（藤崎）の体）からの指示が飛んでくる。
仕方なく、ぎこちなく微笑むと、周りの女性たちは特に違和感を覚えた様子もなく通り過ぎていった。
「……なんとかごまかせたか？」
『微妙ね。でも、意識しすぎると逆に不自然だから、力抜いて』
一方で、俺の体に入った藤崎も大変そうだった。
『飯田、お前のスーツ、肩が重すぎるんだけど！？ これで普通に歩けるの？』
「そんなこと言われても、男のスーツなんだから仕方ないだろ」
『それに、トイレどうすればいいのよ！』
「それは俺のほうが聞きたいわ！」
『……』
『……』
気まずい沈黙が流れた。
お互い、異性の体に適応するのは想像以上に大変だった。
午前中の仕事は、ギリギリ無難にこなせた。
俺（藤崎）は元々総務で、経理の仕事をしている。
簡単なデータ入力や書類整理がメインだったため、意外と何とかなった。
一方、藤崎（俺）は営業職。
メール対応やアポイントの調整に追われていたが、なんとか俺の知識で乗り切っていたようだ。
だが、昼休みになり、問題が起こった。
「飯田、お前、今日昼行かねえの？」
俺の同期・杉本が声をかけてきた。
（ヤバい、どうしよう……！）
男のノリで飯を食うのは無理がある！
『ねえ、適当に断ってよ！』
イヤホン越しに藤崎の声がする。
「す、すまん。ちょっと今日はいいわ」
「なんだよ、珍しいな。……お前、ちょっと雰囲気違わね？」
「えっ？」
『えっ？』
一瞬で冷や汗が流れる。
「なんか……今日はやけに大人しいっていうか……お前、もっとガツガツしてなかったっけ？」
『どうするの！？ どうするの！？』
「そ、そうか？ ちょっと二日酔い気味でな……」
「ああ、飲み会のせいか。まあ、無理すんなよ」
杉本はあっさり引き下がった。
（……セーフ）
その日の夜、お互いの家で改めて話し合った。
「で、どうやったら元に戻れるんだよ……」
「そんなの、私が聞きたいわよ……」
お互い、ため息をつく。
結局、元に戻る方法は分からず、しばらくこのまま過ごすしかなさそうだった。
だが、そんな生活を続けるうちに、あることに気づく。
「お前、意外と頑張ってんだな」
「え？」
「藤崎ってさ、もっと余裕そうに見えてたけど、総務の仕事、結構神経使うだろ？」
「……まあね。あなたこそ、営業って思った以上に大変なのね。人と話すの、疲れるでしょ？」
お互いの苦労を知ったことで、相手をより理解できるようになっていた。
そして、ある朝――
目を覚ますと、元の体に戻っていた。
「……戻った？」
「……うん、戻ったみたい」
お互い顔を見合わせ、ほっと息をついた。
この奇妙な経験を通して、俺たちはお互いのことを今まで以上に理解し、少しだけ距離が縮まった気がした。
もしかすると、この入れ替わりは、仕事上のパートナーとしてだけでなく、もっと特別な関係になるきっかけだったのかもしれない――。
続きは後日、電子書籍にて。
畑違いの仕事って、やってみないと分からないですよね。
こんな感じで1日だけとかこっそり違う仕事をしてみたい。
あと、自分と他人でその人に対する感じ方の違いってありますね。
その人はしっかりしてると思ってたけど、周りは適当だと思ってたり
逆も然り。
とりあえず仕事に行くときの服装ではないなこれ。
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