
目が覚めた瞬間、違和感に襲われた。
視界に映る景色が、いつもより鮮やかに感じられる。
いや、それだけじゃない。身体が妙に軽く、肌の感覚が違う。
枕元にあったスマホを手に取り、画面を点けた。
その瞬間、心臓が跳ね上がる。
画面に映るのは、見慣れない顔。
大きな瞳にふたつ結びの髪、口角がほんのり上がっているせいか、やけに楽しげな印象を与える。
見覚えのある顔だった。
「……え?」
反射的に手を伸ばし、鏡を探す。
ベッドの横に立てかけられた姿見の前に立った瞬間、足が震えた。
「嘘だろ……?」
鏡の中には、昨日までの自分とはまるで違う少女が立っていた。
昨日の俺――相沢直人(あいざわ なおと)は、ただの冴えない男だったのに。
状況を整理しようとするが、頭が混乱してまとまらない。
部屋の中を見回してみると、やはり自分の部屋ではない。
ふと机の上に置かれたスマホを見ると、ロック画面には『佐倉 陽菜』の文字。
(陽菜……って、まさか?)
俺の大学の同級生で、学科は違うけれど、いつも明るくて、男女関係なく人気のある女の子だ。
そんな彼女の姿が、今まさに鏡に映っている。
「いやいや、ありえないだろ……!」
そう叫んだところで、背後から聞き慣れた声がした。
「驚いた? ねえ、落ち着いて聞いてほしいんだけど……」
振り向くと、そこには俺の身体が立っていた。
佐倉陽菜のはずなのに、見た目は完全に俺。
「ちょ、ちょっと待って! なんで俺がそこにいて、君がここにいるんだ!?」
「いや、私も正直びっくりしてるんだけどね……」
彼女は苦笑しながら、俺の身体の腕を軽く振ってみせた。
「昨日、ちょっと変な夢を見たのよ。誰かが『一日だけ体を交換してみる?』って聞いてきたの。で、面白そうだから『いいよ』って答えたら、目が覚めたらこうなってた!」
「そんな軽いノリで……」
頭を抱えたいが、事態は変わらない。
とにかく、今日はこの姿で過ごすしかなさそうだった。
最初は慣れない動きに戸惑ったものの、陽菜の服を着て、彼女の生活を体験するうちに、俺の心境にも変化が現れた。
彼女はいつも堂々としていて、周りに明るさを振るまいている。
その『陽菜の外見』をしていると、なぜか自分も陽気でいなければならないような気がしてくる。
(俺が暗い顔してたら、陽菜のイメージが崩れるよな……)
そう考えると、自然と笑顔になってしまう。
普段の俺なら、絶対にできないことだ。
そして、大学へ向かう道中、驚くべきことが起こった。
「おはよう、陽菜!」
「今日も元気そうだね!」
周りの人たちが、俺に向かって明るく声をかけてくるのだ。
(これが、陽菜の世界……)
彼女の外見をしているだけで、周りが笑顔になる。
それだけで、俺の気分もどんどん前向きになっていく。
昼休み、学食で昼食を取っていると、陽菜(俺の姿をした彼女)が席にやってきた。
「ねえ、どう? そっちの生活?」
「思ったより……悪くないかも」
そう答えた自分に驚いた。
いつもの俺なら、こんなふうに前向きなことは言わない。
「やっぱりね~! 私の姿してると、自然とポジティブになっちゃうでしょ?」
「……そうかもしれない」
彼女は満足げに頷き、俺の身体でカツカレーを頬張る。
「そっちも、ちゃんとやれてる?」
「まあね。最初はこの体、動かしにくかったけど、意外と慣れるもんだよ!」
こんなふうに、自分の身体を軽やかに扱われると複雑な気分だが、彼女の言葉に嘘はないようだった。
そして、一日が終わるころには、俺はすっかり陽菜の生活になじんでいた。
明るく振る舞うのが、もう自然になりつつあった。
(なんだ、やればできるんじゃん、俺)
自信のなかった俺が、陽菜の姿に引っ張られるようにして、少しだけ前を向けるようになった。
そして翌朝、俺は自分の身体に戻っていた。
「戻った……?」
鏡を見て、昨日までの自分の顔がそこにあるのを確認する。
しかし、不思議なことに、そこには昨日よりも少しだけ明るい表情をした自分がいた。
スマホを手に取ると、陽菜からメッセージが届いていた。
『昨日の経験、どうだった? 少しは世界が違って見えた?』
俺は少し考えた後、返信を打った。
『ああ。ちょっとだけ、自分のことが好きになれそうだよ』
送信ボタンを押した瞬間、心の中で何かが弾けるような気がした。
しかし、それと同時に、俺の中には新たな感情が芽生え始めていた。
(もう一度、陽菜の姿になりたい……)
あの感覚が忘れられなかった。
そして、その思いは次第に形を持ち始めることになる——。
それから数日後、俺はある決断をした。
「やっぱり……もう一度、試してみたい」
陽菜のように振る舞うことで得られた自信と幸福感。
それをもう一度感じたくて、俺は初めて女装をしてみることにした。
鏡に映る自分は、まるで別人のようだった。
そして、その姿を見た瞬間、胸が高鳴るのを感じた——。

女装を始めるきっかけってなんなんでしょうね?
元々女性になりたいとかもあるでしょうが
罰ゲームなり、何か催事なり
半強制的に着せられて目覚める人も結構いる気がします。
おかしなことしてる背徳感って、後を引くんですよね。
私は自ら着ましたがw
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