美咲の部屋のドアが閉まった瞬間、カチリ、という施錠の音が悠人の退路を断った。
職場の彼女からは想像もつかない、甘ったるい、それでいて鼻の奥を刺すようなフローラル系の芳香。
それが「女の城」であることを嫌というほど突きつけてくる。
「さあ、悠人さん。まずは……その、野暮ったいスーツを脱いでください」
美咲の声は、慈愛に満ちていながらも、絶対的な拒否を許さない響きを持っていた。
悠人は震える手でネクタイを解き、ビジネスバッグを床に置く。
今まで自分を守っていた「男としての正装」を一枚ずつ剥ぎ取られていくたび、肌が粟立つような寒気と、妙な熱っぽさが同居した。
「……浴室へ。そこにあるものは自由に使っていいですから。
特に、身体の匂い。男の人の脂っぽい匂いが残っていると、私が用意した服が汚れてしまいますからね」
浴室は、淡いピンクのタイルと湯気に包まれていた。
悠人は言われるがままに、全裸でシャワーを浴びる。
備え付けられたボディーソープを手に取ると、それは透明な液体ではなく、パールの入った、粘り気のある濃厚なジェルだった。
泡立てるたびに、美咲と同じ、あの甘い香りが浴室中に充満し、悠人の毛穴一つ一つに染み込んでいく。
「ひげ……だけじゃないんだよな」
鏡を見れば、そこにはまだ「瀬戸悠人」という男が立っている。
手渡された女性用のカミソリ。
三枚刃の、ピンク色の持ち手。
悠人は震える手で、顎のラインをなぞった。
続いて、シャツを脱いだ時に美咲が一瞬だけ不快そうに目を細めた、腕の産毛、そして脛の毛。
石鹸の泡が赤く染まらないよう、慎重に、けれど徹底的に。
刃が肌を滑るたび、シャリシャリという神経を逆撫でする音が耳に障る。
毛と一緒に、二十数年かけて築き上げた自分の自尊心が削げ落ちていくような錯覚。
シャワーで流した後の肌は、見たこともないほど白く、そして無防備に晒されていた。
脱衣所に出ると、湿った空気の中に、新たな「異物」が置かれていた。
洗面台の横に用意された、薄ピンク色のレースのランジェリー。
「悠人さん、終わりましたか? それ、着てみてください。……一応、洗濯はしてありますけど、私の身体に馴染んでいるものの方が、悠人さんにもフィットすると思って」
「……っ!」
悠人は息を呑んだ。美咲の声がドア越しに聞こえる。
『一応、洗濯はしてある』
その言葉が、かえって生々しい事実を突きつける。
手に取ったブラジャーとショーツは、驚くほど軽く、そして繊細だった。
指先で触れると、レースの凹凸がざらりと皮下神経を刺激する。
そして、鼻を近づけずとも分かってしまった。
洗剤の香りの奥に潜む、美咲自身の体温を彷彿とさせる、わずかな、けれど確かな「女の匂い」。
(これを、僕が履くのか……。さっきまで美咲さんの肌に触れていたものを……)
その背徳感は、暴力的なまでの昂ぶりを悠人に強いた。
震える足でショーツに片足を通す。
シルクのような滑らかな布地が、男の荒れた肌を滑り上がる。
キュッ、と細いゴムが腰を締め付けた。
前布の面積が絶望的に狭い。
自分の男性としての証が、無理やり押し込められ、平坦に慣らされていく。
その窮屈さが、逆に自分が「今、何に成り下がっているか」を脳に刻み込んでくる。
「悠人さん? 遅いですね。……入りますよ」
「あ、ちょっと待って……!」
返事も待たず、ドアが開く。
湯気の中に立ち尽くす下着姿の悠人。
美咲は、その情けない姿を隠そうとする悠人の手を、無慈悲に、けれど優しくどかした。
「ふふ……やっぱり。私の目に狂いはなかった。あなたの腰のライン、すごく綺麗。これなら、何を着せても様になるわ」
美咲の目は、もはや同僚を見つめるそれではない。
完成を目前にした作品を眺める、芸術家のような狂気が宿っていた。
「次は、これです」
美咲が差し出したのは、未開封のパッケージから取り出されたばかりの、ベージュのストッキングだった。
彼女は脱衣所のスツールに悠人を座らせると、自らその前に跪いた。
「足、出して」
命令に従い、右足を持ち上げる。
美咲の冷たい指先が、悠人の足首をしっかりと掴んだ。
「あ……」
思わず声が漏れる。
石鹸で洗い上げ、毛を剃り尽くした無防備な肌に、ストッキングのザラついたナイロン地が押し当てられる。
美咲はゆっくりと、時間をかけて布をたくし上げていく。
足首、ふくらはぎ、そして膝。
彼女の指は、時折わざとストッキング越しに悠人の肌を強く撫でた。
「……肌、すごくすべすべ。私がしてあげた通りに、ちゃんと剃れたみたいですね。いい子」
その「いい子」という言葉に、悠人の理性がパチンと音を立てて弾けた。
股の部分を引き上げる際、美咲の手が悠人の内腿に深く食い込む。
下着とストッキング。
その二重の締め付けが、悠人の「男」としての本能を檻に閉じ込めていく。
美咲が悠人の腰に手を回し、ウエストまでストッキングを引き上げたとき、彼女の顔は悠人の股間のすぐ近くにあった。
「……こんなにドキドキして。身体は正直ですね、悠奈さん」
耳元で囁かれた新しい名前に、悠人は抗うこともできず、ただ熱い吐息を漏らすことしかできなかった。
「さあ、仕上げです。これを着て、いつもの私と同じになってください」
最後に渡されたのは、グレーのセットアップだった。
美咲が悠人の背後に回り、ジャケットを羽織らせる。
「腕を通して」
彼女の指示に従うたび、悠人の自由が奪われていく。
女性用のカッティングが施されたジャケットは、悠人の肩を窮屈に圧迫し、自然と胸を張るような姿勢を強いる。
スカートのホックを留める際、美咲の指先が悠人のへその下をなぞり、ジッパーが重い音を立てて上がった。
ウエストが苦しい。
けれど、その苦しさが、美咲という女性に物理的に束縛されているという安心感に、いつしか変換されていく。
美咲は悠人の首元に手を伸ばし、ブラウスの襟を整えた。
彼女の指が、悠人の喉仏をわざと指先で軽く弾く。
「……まだここが男の子だけど。ウィッグを被れば、きっと分からなくなるわ」
鏡の中に映るのは、美咲とそっくりのスーツに身を包んだ、けれどどこか卑屈な表情をした「女性」だった。
悠人は自分の姿に絶望し、そして同時に、美咲に完全に作り替えられることの甘美な恐怖に、全身を震わせるのだった。

男女体格も骨格も違うので、スーツなんかだとシルエットが微妙になりそう。
どうしても肩幅が広く、腰回りはそこまでいかず、完全に逆三角形。
自分でも買ってみようかと思いましたが、着ることはなさそうだしな。
とはいえ、制服とかよりもよっぽど着るときのハードルは低いと思います。
このくらいの長さのスカートなら、拒否感少ないかと。
いい歳してミニスカートとか辛いし。。。夏の部屋着なら快適ですが。
ただ、タイトなスカートは別の理由でちと厳しい。。。
キツめに押さえないと結構目立つんですよ。。。
次回:2/13 21:00~更新予定


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