カフェの窓越しに見える街の風景が、どこか心を落ち着けてくれる。
翔太はテーブルに置いたカップを指でなぞりながら、ふっと息を吐いた。
視線を落とすと、自分の膝に広がるスカートのシルエットが目に入る。
ストライプのワンピースに薄手のカーディガン、ウィッグで整えたカールの髪。
完全に「彼女」として溶け込んでいる自信はあるが、やはり地元ではできない。
だからこそ、今日もわざわざ電車に揺られて、この街まで足を運んだのだ。
「地元で誰かに会ったら終わりだもんな……」
独り言を呟くと、自然と苦笑が漏れる。
女装はもう趣味という枠を超えて、翔太にとって一つのアイデンティティのようなものになっていた。
それでも、周囲の目が気になるのは変わらない。
特に知り合いにでも見られたら、どうなるか分かったものじゃない。
カフェを出て、通りを歩き出す。
離れた街の空気は新鮮で、どこか解放感がある。
人混みに紛れながらも、ちらりとガラス窓に映る自分の姿を確認してしまうのは癖だった。
自分では完璧だと思っていても、他人からどう見られているのかは別問題だ。
「誰も気づいてない……よな?」
すれ違う人々は、自分に目もくれず歩いていく。
それが安心であり、同時に少しだけ寂しくもある。
この姿を誰かに褒めてもらいたい、そんな気持ちもどこかにあった。
しばらく歩き、ふと小さな雑貨屋の前で足を止めた。
ショーウィンドウ越しに並ぶカラフルなアクセサリーに目を奪われる。
試しに入ってみると、店内には柔らかな音楽が流れ、女性店員が明るく迎えてくれた。
「いらっしゃいませ。ごゆっくりどうぞ。」
その言葉に促されるように、翔太はゆっくりと商品棚を見て回る。
目に留まったのは、小さなパールが付いたピンだった。
試しに髪に付けてみたいと思ったが、試着する勇気はなかった。
「こちら、人気の商品なんですよ。良かったらどうぞ。」
声をかけてきた店員がそっとピンを手渡してくる。
翔太は「ありがとうございます」と小声で返事し、なるべく自然に振る舞おうと心を落ち着けた。
結局、そのピンを買うことにした。
会計を終えた後、店員の明るい笑顔に見送られると、なんとなく温かい気持ちが胸に広がる。
その後、公園のベンチに腰掛け、しばらく周囲の景色を眺めていた。
目の前を家族連れが通り過ぎ、子どもたちのはしゃぐ声が耳に心地よい。
ふと、遠くで見覚えのある顔が目に入った。
心臓が一瞬で跳ね上がる。中学時代の同級生だ。
どうしてこんなところにいるのか分からないが、すぐに顔をそらし、背中を丸めた。
こんな姿で話しかけられたらどうなるか、想像するだけで冷や汗が流れる。
「早くどっか行ってくれ……」
心の中で祈りながら、息を潜めるようにじっとしていると、やがて同級生は視界から消えていった。
その瞬間、体中の力が抜けた。
「やっぱり知り合いに会うのは一番怖い……」
安心すると同時に、女装している自分の姿が少し危ういものに感じられた。
駅に向かう途中、若い女性に声をかけられた。
「あの、すみません。この辺にあるおすすめのカフェって分かりますか?」
唐突な質問に一瞬戸惑うが、すぐに頭の中で地図を思い浮かべた。
離れた街に来るたびに探検していたおかげで、地元民顔負けの知識がある。
「あ、あそこの角を曲がってすぐのところに、雰囲気のいいお店がありますよ。」
声のトーンを上げて答えながら、手で方向を指し示す。
その仕草が自分でも女性らしいと思えた瞬間、内心少し得意げになった。
「ありがとうございます! 行ってみますね!」
女性は笑顔でお礼を言い、その場を去っていった。
彼女が遠ざかるのを見ながら、翔太はそっと胸を撫で下ろした。
「バレなかった……よな。」
電車に揺られながら、今日一日の出来事を振り返る。
離れた街に来て、女装して過ごす時間。
それは自由で楽しいが、やはりどこか緊張感もある。
それでも、こうして少しずつ外の世界に触れていくことが、自分にとって大切だと思える。
「次はもっと遠い街に行ってみようかな……」
車窓に映る自分の姿を見つめながら、翔太はそう呟いた。
そしてまた新しい冒険をする自分を想像し、静かに微笑んだ。
流石に女装に慣れてきても、家の周りとかは歩けないです。
バレない自信があっても知り合いに会うだけで緊張しそうだし。
離れたところを歩く分にはあまり気にしないですね。
バレてるのは前提で、まあそれでもいいかなと。
話しかけられたら、普通に男の声で対応します。
大体そんな感じ。たまには1人の時間を取りたい。
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