
高校2年生の夏、放課後の太陽が教室に傾いた光を差し込んでいた。
窓の外では、野球部の声が遠くから聞こえてくる。
山田奏太は、自分の机に頬杖をつき、スマホの画面をぼんやりと眺めていた。
画面に表示されているのは、とある通販サイトの女性用ファッションページ。
ひらひらとしたフリルがついたブラウス、膝丈のプリーツスカート、そして、かわいらしいリボンがついたパンプス。
「…いいなぁ」
誰にも聞こえないように、小さな声でつぶやく。
奏太の心の奥底には、誰にも言えない、ひとつの秘密があった。
それは、「女の子の服を着てみたい」という、甘く、そして少し後ろめたい好奇心。
物心ついた時から、なぜか女の子が着ている服に惹かれていた。
クラスメイトの制服のスカートが風になびく様子、雑誌のモデルが着こなしている華やかなドレス。
そのたびに、自分もあんな風になれたら、という漠然とした憧れが胸の中に広がっていく。
しかし、そんなことを口に出せるはずがない。
周囲の友人たちは、ゲームやスポーツ、恋愛の話で盛り上がっている。
もし「女装してみたいんだ」なんて言ったら、どんな顔をされるだろう。
軽蔑されるか、気味悪がられるか。
想像するだけで、心臓が冷たくなった。
だから、奏太は、その願望を誰にも見せることなく、静かにスマホの画面をスクロールする日々を送っていた。
「奏太、何見てんの?」
不意に、隣の席から声がした。
顔を上げると、幼馴染であり、クラスでも一番仲のいい女の子、藤宮美咲がいた。
美咲は、ふわりとウェーブのかかった肩までの茶色い髪に、ぱっちりとした大きな瞳。
いつも元気で明るく、クラスの中心にいるような存在だ。
美咲といると、奏太はありのままの自分でいられる気がして、とても居心地が良かった。
「あ、美咲か。いや、別に…」
慌ててスマホの画面を閉じようとすると、美咲は悪戯っぽく笑いながら、奏太のスマホを覗き込んだ。
「へー、女の子の服とか見てるんだ。…もしかして、彼女にでもプレゼントするの?」
美咲の言葉に、奏太の顔がカッと熱くなる。
「ち、違うよ!そんなんじゃない!」
「ふふ、顔真っ赤。さては、好きな子でもできた?」
美咲はさらにからかうように笑う。
その笑顔に、奏太は何も言い返せず、ただ俯くしかなかった。
美咲は、そんな奏太の様子を見て、少し不思議そうな顔をした後、「ま、いいや」と小さく笑った。
「ねえ、今日、うちでゲームしない?新作のソフト、買ったんだ」
「いいの?」
「もちろん。どうせ暇でしょ?」
美咲の誘いに、奏太は二つ返事で頷いた。
美咲の家は、奏太の家から歩いて10分ほどの距離にある。
昔から、二人で美咲の家でゲームをしたり、漫画を読んだりするのが、当たり前の日常だった。
美咲の家に着くと、リビングには美咲の母親がにこやかに「いらっしゃい、奏太くん」と声をかけてくれた。
ゲーム機を美咲の部屋に運び、二人で向かい合うように座る。
美咲がコントローラーを手に取り、「よし、準備万端!」と気合を入れた時、美咲の母親がリビングから「美咲、ちょっと買い物付き合ってくれない?」と声をかけた。
「あー、今ゲーム始めるとこなのにー!」と不満そうな声を出しながらも、「わかった、すぐ行く!」と美咲はコントローラーを置いて立ち上がった。
「奏太、悪いけどちょっと待ってて。飲み物、なんか飲む?」
「あ、じゃあ、お茶もらってもいいかな」
「りょーかい!すぐ戻るから、待っててね」
そう言って、美咲はリビングへと向かっていった。
一人になった奏太は、ゲームのタイトル画面をぼんやりと眺めていた。
すると、ふと、部屋の隅にあるクローゼットが目に入った。
美咲のクローゼットだ。
いつもは閉まっている扉が、今日は少しだけ開いている。
そこから、色とりどりの洋服がちらりと見えた。
奏太の心臓が、ドクンと音を立てて跳ねる。
「…美咲の、服」
罪悪感と好奇心が、心の中でせめぎ合う。
ダメだ、こんなこと、美咲にバレたらどうなるか分からない。
そう思いつつも、もうひとりの自分が囁く。
「ほんの少しだけ。誰も見てないんだから、ちょっとだけ…」。
まるで何かに操られるように、奏太は立ち上がり、クローゼットへと歩み寄った。
ゆっくりと扉を開ける。
中には、美咲がいつも着ているような、かわいらしいワンピースやスカート、フリル付きのブラウスがずらりと並んでいた。
どれも美咲のセンスが光る、素敵な服ばかり。
奏太は、震える手で、淡いピンク色のフリルのついたワンピースに触れてみた。
柔らかな布地が指先に触れると、胸の奥から甘い香りが漂ってくるような気がした。
「…これ、美咲が着てるやつだ」
先日、美咲がこのワンピースを着て遊びに行った時のことを思い出す。
笑顔で楽しそうに歩く美咲の姿。
そのワンピースを、今、自分が手にしている。
気づけば、奏太はワンピースをハンガーから外し、自分の体に当てていた。
「…こんな感じなのかな」
鏡を見て、ワンピースを合わせた自分の姿を確認する。
…なんだか、悪くない。
むしろ、想像していたよりも、ずっと良いかもしれない。
さらに好奇心が湧いてきて、奏太は意を決して、シャツとズボンを脱ぎ、ワンピースに袖を通した。
柔らかな布地が肌に触れる。
ふんわりとしたスカートが太ももを包み込み、なんとも言えない感触が全身に広がる。
胸元のフリルが、いつもと違う自分を演出しているようだった。
鏡に映った自分は、いつもの奏太とは全然違う。
少しだけ、別人のような気がした。
「すごい…」
感動に震えながら、スカートを少し持ち上げてくるくると回ってみる。
ふわっと広がるスカートの感触に、奏太は夢中になった。
その時、ガチャリとドアが開く音がした。
「奏太、お茶持ってきた…って、え?」
美咲が、手に持ったお盆を落としそうになりながら、固まっていた。
奏太は、くるりと振り返る。
美咲の、驚きと混乱が入り混じった表情が、はっきりと見えた。
「奏太…!?」
美咲の声が、部屋に響き渡る。
その声には、驚きと、それから少しの怒りが混じっていた。
「な、なにやってるの…!?」
美咲の問いに、奏太は頭が真っ白になった。
バレた。よりにもよって、美咲に。
最悪だ。恥ずかしい、消えてしまいたい、穴があったら入りたい…。
奏太は、慌てて言い訳をしようとする。
「いや、これはその…!ちょっと、美咲の服が可愛くて…!それで、つい…!」
しどろもどろになる奏太に、美咲は呆れたような、信じられないような表情で、じっと見つめていた。
「何が『つい』だよ!勝手に人のクローゼット開けて、服着るとか、ありえないんだけど!」
美咲の怒りの言葉に、奏太の心臓はさらに縮み上がった。
「ご、ごめん…!本当に、ごめんなさい…!」
謝りながら、奏太は急いでワンピースを脱ごうと、ジッパーに手をかけた。
しかし、美咲の視線が痛くて、震える指先が上手く動かない。
美咲は、しばらく黙って奏太を見つめていた。
そして、突然、美咲の口元に、ふっと笑みが浮かんだ。
「…ていうか、何でそんなに慌ててんの?そんなに可愛いワンピース、着たかった?」
その言葉に、奏太はますます顔を赤くする。
「そ、そんなんじゃないって…!」
「じゃあ何?…まさか、『似合ってる?』とか、聞くつもりだった?」
美咲のからかうような声に、奏太はもう何も言い返せない。
もうどうにでもなれ、という開き直りにも似た感情が湧いてきて、奏太は、照れ隠しに、あえて満面の笑顔を見せた。
「…どう?似合ってる?」
冗談めかして、少しだけスカートの裾をつまんで見せる。
美咲は、その奏太の姿に、一瞬ぽかんとした表情を浮かべた後、プッと吹き出した。
「バカ…」
美咲は、そう小さくつぶやいた。
その声は、怒りというよりも、呆れと、そして少しの照れが混じっているように聞こえた。
美咲も、顔をほんのりと赤く染めていた。
「なに笑ってんだよ…」
奏太は、美咲の反応に、少しだけ安堵しながらも、まだ恥ずかしさが残っていた。
「いや、だって…なんか、想像してたより…」
「より…?」
「…なんでもない」
美咲は、ぶっきらぼうにそう言うと、奏太の顔から目をそらした。
そして、もう一度奏太の全身をじろじろと見つめた後、ため息をついた。
「…もういい。今日はそのままでいなよ」
「え…?」
美咲の予想外の言葉に、奏太は目を丸くする。
「だから、その服、そのまま着てていいから。…なんか、もう、どうでもよくなっちゃったし」
美咲は、そう言うと、床に落ちていたお盆を拾い上げ、お茶の入ったコップを奏太に手渡した。
奏太は、まだ夢を見ているようだった。
美咲に怒られると思っていたのに、まさか許してくれるなんて。
「…本当に、いいの?」
「いいって言ってるでしょ。ただし、変なことしたら許さないからね」
美咲の言葉に、奏太はこくりと頷いた。

まさか、同性の友人でも勝手に服は着ないと思いますが
どういう状況なんでしょうね?
そもそもレディースの服は小さめなので、中々着れませんが。
普段Мサイズの服を着てる男が、レディースだとLか2Lくらい?
本当に好きに服を着るには努力が必要。
でも、ある程度妥協するなら大きいサイズはいくらでもありますね♪

おまけ:ゲームに白熱して足が開いてきた女装男子風
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