悠真は、汗で張り付くワイシャツの襟元を引っ張りながら、重い足取りで実家へと向かっていた。
大学の夏休み、演劇サークルの公演が迫っていた。
今回の演目は、時代物の悲恋物語。
悠真は女形を任され、ヒロイン役の練習に日々明け暮れていた。
「役を生きるんだ。そのためには、日常から女性として過ごしてみるのが一番だ」
先輩からアドバイスを受け、悠真は女子高生の制服を借りることにした。
サークルの備品室にあった、何年も前の型だという紺色のブレザーとグレーのプリーツスカート。
そして、白いブラウス。
まさか、この服を着て地元に帰省することになるとは、想像もしていなかった。
新幹線の荷物棚に置いたバッグには、着替えの服が入っているはずだった。
だが、親戚の叔母さんの家に到着し、荷物を広げた瞬間、悠真は絶望した。
「…嘘だろ」
バッグの中に入っていたのは、着替えの私服ではなく、借りてきた女子高生の制服一式だった。
なぜこんな間違いをしたのか。出発前にバタバタと準備をしたせいで、間違えてしまったのだろう。
しかし、そんな言い訳は通用しない。
叔母さんは一人暮らしだ。当然、男物の服などない。
「あら、悠真くん、どうしたの？」
隣の部屋から顔を出した叔母さんが、不思議そうな顔で悠真を見た。
悠真は、なんとか平静を装い、「ちょっと忘れ物をしたみたいで…」とごまかした。
絶望的な状況の中、悠真は一つだけ希望を見出した。
スマートフォンだ。もし、大学の寮に忘れてきたのだとしても、着払いで送ってもらうことはできる。
悠真は、慌ててスマートフォンを探した。
（…ない！）
何度バッグの中を探しても、ポケットを探しても、スマートフォンは見つからなかった。
最後に使ったのは、新幹線に乗る前だ。
もしかしたら、駅のベンチに置き忘れてしまったのかもしれない。
「明日、駅まで行ってみようかな…」
悠真がそう呟くと、叔母さんは「電車で来たんだから、歩いて行けばいいじゃない」と気軽に言った。
悠真には歩いていくという選択肢しかなかった。
叔母さんは急な用事で出かけることになったのだ。
「ごめんね、悠真くん。駅まで送ってあげられないわ」
そう言って、叔母さんは慌ただしく出かけていった。
仕方なく、悠真は制服に着替えることにした。
スカートを履くのは初めてだ。
太ももを締め付ける感触に、ゾワゾワと鳥肌が立った。
エナメル素材のローファーは、足の甲に食い込み、わずかな痛みを感じる。
ブレザーの袖を通すと、まるで違う人間になったかのような気分だった。
「…どうしよう」
鏡に映る自分は、確かに女子高生に見えた。
ショートカットの髪型は、男子にしては少し長めだが、女子としても違和感がない。顔つきも、どちらかといえば中性的だ。
「これなら…バレないかもしれない」
悠真は、自分にそう言い聞かせた。
早く駅に着いて、スマートフォンを探し、この奇妙な格好から解放されたい。
そんな一心だった。
通りを行く人々が、時折、悠真を二度見していくのがわかる。
特に、すれ違う女子高生の視線が痛かった。
おかしいだろうか？不審な人物に思われていないだろうか？悠真は、自分の歩き方や姿勢を気にしながら、俯きがちに歩を進めた。
その時だった。
「あの、先輩ですか？」
背後から、澄んだ声が聞こえた。
悠真は思わず足を止め、振り返った。
そこに立っていたのは、真新しい制服に身を包んだショートヘアの女子高生だった。
彼女は、少し首をかしげながら、まっすぐな瞳で悠真を見つめている。
「私、一年なんですけど…」
彼女の言葉に、悠真は心臓が止まるかと思った。
この制服は、まさかこの子の学校のものなのか？どうしよう。どう答えればいい？
悠真は声を出そうと口を開いたが、言葉が出てこなかった。
ただ、震える息を吐き出すだけだった。
美咲は、そんな悠真を見て、少し不思議そうな顔をした。
そして、困ったように微笑んだ。
「もしかして、どこかで会ったことありますか？」
彼女の質問は、悠真をさらに追い詰める。
このまま黙っていたら、不審に思われるだけだ。
何か、何か言わなければ。
「……えっと、ち、違うの…」
悠真は震える声で答えた。彼女は「え？」と聞き返した。
悠真は、もう限界だった。今すぐこの場から逃げ出したい。
「あ、すみません！人違いでしたね！」
彼女はそう言うと、ペコリと頭を下げた。
悠真は、その言葉に安堵した。
これで終わった。そう思った。
だが、彼女は再び顔を上げ、満面の笑顔で言った。
「でも、すっごく可愛いです！どこの学校の子ですか？」
（やばい、まずい、どうしよう…！）
悠真は、頭の中が真っ白になった。
今度こそ、どうやってこの状況を乗り切ればいいのかわからなかった。
彼女の瞳は好奇心に満ちていて、まるで小さな獣が獲物を見つけたかのようにキラキラと輝いていた。
別に普段外に出る時に制服って着ないと思ってますが
首都圏では常時制服は普通なんでしょうか？
私としては眼福なんで問題ありませんが♪
私も制服は今じゃ家の中でしか着ないな。。。
コメント