涼しい秋の風が、彼の頬を撫でる。
大きな木々が並ぶ公園の小道を、彼はゆっくりと歩いていた。
足元に落ちた枯葉がかすかな音を立てるたびに、彼の心はざわめいた。
「大丈夫、誰も気づかないさ…」
自分に言い聞かせるように、彼は深呼吸をした。
今日は初めての試みだった。
家を出る前に何度も鏡を見て確認したが、それでも不安は消えなかった。
スカートの裾を軽く握りしめ、彼はもう一度周囲を確認した。
「…やっぱり無理かもしれない。」
この数週間、彼の心の中に芽生えた抑えきれない感情。
それは「彼」であることからの解放だった。
自分を隠し続ける日々に疲れ果て、ついに今日、彼は勇気を振り絞った。
女装することで、ほんの少しでも心の平穏を得られるのではないかと。
公園には、いくつかのベンチに座る人々が見受けられた。
読書にふける若い女性、犬を連れた中年の男性、そして遠くで遊ぶ子供たち。
彼らの視線が自分に向けられていないことを確認して、彼はほっと胸を撫で下ろした。
「大丈夫…普通に見えるよね。」
彼の服装は、落ち着いた色合いのロングスカートに、薄手のカーディガン。
髪はウィッグで肩までの長さにしている。
自分で見た限りでは、自然に見えるはずだ。
それでも、心の中の不安は消えることがなかった。
「誰も気づかないって。」
再び自分に言い聞かせるが、その声はどこか震えていた。
彼はベンチの一つに腰を下ろし、手に持っていた小さなバッグを膝の上に置いた。
公園の風景は穏やかで、美しい秋の彩りが広がっていた。
それでも彼の心は、まるで嵐の中にいるかのように揺れ動いていた。
「これが本当に自分のしたいことなのか…?」
ふと、彼は思った。なぜこんなに不安を感じているのか、自分でも理解できなかった。
女装は彼にとって、ただの趣味ではなかった。
もっと深い意味があると感じていた。しかし、それを言葉にするのは難しかった。
「…こんな姿を見られたら、どう思われるんだろう?」
彼は他人の目を気にするタイプではなかった。
しかし、今は違った。女装をしている自分を見られることが怖かった。
それは、今まで隠し続けてきた本当の自分をさらけ出すことに他ならなかったからだ。
「もう帰ろうかな…」
立ち上がろうとしたその瞬間、彼の目に、一人の少女が映った。
彼女は遠くから彼の方をじっと見つめていた。
彼の心臓が大きく跳ねた。バレたのか?それとも、ただの偶然か?
少女はゆっくりと彼に近づいてきた。彼の体は固まり、動くことができなかった。
近づく少女の表情は読めなかったが、何かを考えているようだった。
少女が彼の前に立つと、彼は思わず顔を伏せた。
「お姉ちゃん、寒くないの?」
少女の声は柔らかく、純粋だった。
その言葉に、彼は一瞬戸惑った。
お姉ちゃん、と呼ばれたことが信じられなかった。
彼は恐る恐る顔を上げ、少女の顔を見た。
彼女の大きな瞳が、まっすぐに彼を見つめていた。
「う、うん、大丈夫だよ。」
彼はかろうじてそう答えた。少女はにっこりと笑い、続けて言った。
「ママが、風邪ひかないようにって言ってたから。」
「ありがとう、気をつけるね。」
彼は少しだけ微笑んで答えた。
少女はそのまま小走りで母親のもとへ戻っていった。
彼はその背中を見送りながら、心の中で何かが温かく広がるのを感じた。
「誰も、気づいてないんだ…。」
その瞬間、彼の心にかかっていた霧が少しだけ晴れたような気がした。
自分が思っているほど、他人は自分のことを気にしていないのかもしれない。
彼はもう一度深呼吸し、ベンチから立ち上がった。
「もう少しだけ、歩いてみようかな。」
彼は再び歩き始めた。風が少し強くなり、カーディガンを引き寄せる。
まだ不安は完全には消えなかったが、さっきよりは少しだけ軽くなっていた。
小道を進むたびに、彼の足取りは少しずつ軽くなっていった。
公園を出る頃には、彼の心には確かな何かが残っていた。
それは、自分自身を少しずつでも受け入れ始める勇気だった。
そして、その小さな一歩が、これからの彼の人生を変える第一歩になるかもしれない、と彼は思った。
彼は最後にもう一度、公園を振り返り、穏やかな景色を心に焼き付けた。
そして、そのまま、家路へと向かった。
暑い時期はロングスカートが割と快適です。
大概他人は人のことなんて見てないので
ウィッグとマスクと眼鏡あたり付けてれば、多分気にされません。
靴もヒール無しのを履けば普段と変わらないですよ♪
あとは、生活圏外に行ったほうが安全です。
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