年末の仕事納めを終えた山下は、同期と立ち寄った小さな割烹料理店でほろ酔い気分になっていた。
静かな店内、丁寧な料理、そして女将の柔らかな微笑みが、彼を癒してくれる。
「お疲れさまでした。今年も頑張ったご褒美ですよ。」
女将の言葉に促されるように、山下は杯を傾け、次第に酔いが回っていく。
彼女がすすめる酒の種類も、料理の説明も心地よく、気がつけば山下はそのまま寝てしまっていた。
—
「……ん?」
畳の感触に目を覚ました山下。
重たいまぶたをこすりながら体を起こすと、目の前には白い袖がふわりと広がっている。
和服だ。なぜ和服を着ている?
さらに鏡を見ると、そこに映っていたのは女将の姿。
「……え?」
耳元で聞き慣れない高い声が響く。
山下は慌てて自分の手を見つめた。
細く白い手。
柔らかな髪が肩にかかる感触。
どう考えても自分ではない。
「やっと起きたわね。」
後ろから声がして振り返ると、そこには山下の姿をした女将が立っていた。
「どういうことだ!?」
「どうもこうも、入れ替わっちゃったみたいね。」
彼女は軽く笑ってみせる。
「え、なんでそんなに落ち着いてるんだ!?」
「そうね……こういうことも、たまにはいいんじゃない?」
まるで他人事のように話す女将に山下は困惑するばかり。
しかし、彼女は「少し休みたいの」と言い、山下に店の切り盛りを押しつけてしまう。
—
慣れない和服と髪の重みに戸惑いつつ、山下は女将としてカウンターの中に立つことに。
最初は客の対応に四苦八苦したが、女将――つまり自分の姿をした彼女――が背後から指示を出してくれる。
「笑顔を忘れないでね。」
「……こうか?」
「いいじゃない、だいぶ様になってるわよ。」
客に酒を注ぎ、料理を運ぶたびに、彼は自分が普段やらない仕事の大変さを実感した。
しかし、次第にそのやりがいに気づいていく。
「山下さん、今日の女将さん、なんだか柔らかい雰囲気で素敵ですね。」
常連客の言葉に思わず照れくさくなりながらも、笑顔で返事をする。
「お褒めにあずかり光栄です。」
普段は使わないような言葉が自然と口から出てくることに驚きながらも、それが不思議と楽しいと感じられるようになっていた。
—
営業が終わる頃には、山下は完全に女将としての役割をこなしていた。
客との会話を楽しみ、料理を運び、笑顔で見送る。その一つ一つが達成感につながっていた。
「お疲れさま、よく頑張ったわね。」
「……まあ、悪くはなかったかもしれないな。」
彼女の言葉に苦笑しつつも、山下は充実した表情を見せる。
—
店の片付けを終えた後、女将(山下の体)がぽつりと呟いた。
「どう?意外と悪くなかったでしょ?」
「ああ……思ったより、楽しかったよ。なんか、新しい自分を見つけた気分だ。」
「ふふ、そう言ってもらえると嬉しいわ。」
そんな会話をしながら、2人はカウンター越しに静かに酒を酌み交わした。
—
日付が変わる頃になっても、体は元に戻らないままだった。
山下が不安そうに尋ねる。
「これ……いつになったら元に戻るんだ?」
「さあ、戻らないかもしれないわね。」
「おいおい、それ本気で言ってるのか?」
女将は微笑みながら答える。
「本気よ。でも……少しぐらい、このままでもいいんじゃない?」
「冗談じゃない……と言いたいけど、案外悪くないな、これも。」
その言葉に、女将の表情が柔らかくなる。
—
夜が更け、割烹料理店を後にした2人は、街の静けさの中で並んで歩いた。
普段なら意識もしない細い路地、温かい街灯の光。
そのすべてが今の山下には新鮮だった。
「ねえ、どこか寄り道していかない?」
「……いいけど、どこに?」
「そうね……せっかくだから、ホテルにでも行きましょうか。」
突然の提案に、山下は驚きつつも頷いた。
「まあ、どうせこの体じゃ帰るのも変な感じだしな。」
笑い合いながら、2人はホテルへと足を向けた。
静かな夜、その時間はまるで夢のように続いていく。
昨日は仕事納めの人も多いと思うので
結構呑んでしまった人もいるのでは?
私は家で少量呑んだだけです。
どうせこの後子どもに連れ回されるんですし。。。
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