
季節は秋。
日差しは和らぎ、乾いた風が銀杏並木の葉を揺らす。
東京都心から少し離れた住宅街の、ひっそりとした公園。
ブランコや滑り台の影が伸びるその一角で、相沢悠真はベンチに腰を下ろしていた。
スケッチブックを広げ、鉛筆を走らせる。
「…ふう」短く息を吐き、完成しかけた風景画に目を細める。
悠真は、つい最近まで地方の街で暮らしていた。
家庭の事情で、突然上京しての一人暮らし。
クラスメイトたちに馴染む暇もなく、放課後はいつもこうして、人気のない場所で時間を潰している。
周囲の喧騒から隔絶されたこの時間だけが、唯一の安息だった。
悠真は小柄で、線の細い体つきをしている。
中性的な顔立ちと、物静かな雰囲気から、よく女子と間違われた。
その度に「俺、男なんですけど…」と訂正するのも面倒で、最近はもう放置している。
「ねえ、その絵、見てもいい?」
ふいに、頭上から声が降ってきた。
驚いて顔を上げると、そこに立っていたのは、見慣れない長身の女子生徒だった。
制服のリボンは緩められ、柔らかな光を反射する髪は肩にかかる。
モデルのような、目を引くスタイル。
少し垂れ目気味の大きな瞳が、悠真を興味深そうに見つめていた。
「…あ、はい」圧倒されながら、悠真はスケッチブックを差し出す。
彼女は「お邪魔します」と断り、悠真の隣に座った。
「うわー、すごい。なんか、すごく落ち着く絵だね」
彼女の大きな手が、悠真の描いた風景画を撫でる。
「ありがとう、ございます…」
悠真は顔を赤らめる。
知らない人とこんなに近くで話すのは、久しぶりだった。
「もしかして、君、相沢くん?」「…はい。そうですけど…」
「やっぱり! 私、日向莉音。高校三年生。何度か校内で見かけてたんだ。…んー、クラスは…F組?」
「あ、はい…」
悠真のクラスまで知っていることに、悠真は驚く。
莉音はニコニコと笑っていた。
「可愛い顔してるから、ずっと気になってたんだよね。私よりちっちゃいし」
そう言って、莉音は自分の大きな手のひらと、悠真の小さなそれを比べて見せる。
「あ…」
「ふふ、やっぱり。なんか、妹みたいだな」
彼女の言葉に、悠真は内心で(俺、男なんだけど…)と戸惑った。
しかし、それを口にする勇気はなかった。
「あ、ごめんね。変なこと言って。よかったら、一緒に帰らない?」
「え…」
莉音は悠真の返事を待たずに、彼のスケッチブックとペンをバッグにしまい、悠真の手を引いて立ち上がった。
「今日から、私が相沢くんのお姉ちゃんだね」
悠真は、抵抗することもできず、ただ彼女に引っ張られるまま、公園を後にした。
帰り道、莉音は一方的に学校の話や、近所の美味しいパン屋の話をした。
悠真は相槌を打つのが精一杯だった。
莉音はそんな悠真の反応を気にする様子もなく、楽しそうに話していた。
「…あの、日向先輩…」
「莉音でいいよ。私、年下から名前で呼ばれるの憧れてたんだ」
「り…莉音先輩…」
莉音は満足そうに微笑む。
「んー、やっぱり妹みたいだなぁ」
悠真は、またもや複雑な気持ちになった。
自分は男なのに。そう言いたいのに、言えない。
この温かい空気を壊したくなかった。
翌日、莉音は悠真を「うちの店、手伝ってよ!」と誘い、彼の家へと押しかけた。
悠真の住むアパートは、学校から少し離れた場所にある、古びた二階建ての建物だった。
玄関を開けると、莉音は「お邪魔しまーす!」と元気よく上がり込み、悠真の部屋を物珍しそうに物色した。
「なんか、男の子の部屋って感じだねー」悠真は慌てて「当たり前です」と言いかけたが、莉音の明るさに、それすらもかき消された。
莉音の実家は、アパートから徒歩10分ほどのところにある、小さな喫茶店だった。
「いらっしゃいませー!」
「莉音、サボってないでちゃんと働きなさい!」
店内に入ると、莉音の母親が笑顔で迎えてくれた。
カウンターの奥には、優しそうな父親が立っている。
「悠真くん、こっちにおいで」莉音は悠真を、カウンター席の隅にある、大きなソファへと案内した。
「はい、これ」「わぁ…」莉音が出してくれたのは、自家製のプリンと、熱いココア。
プリンは滑らかで、濃厚な甘さが口いっぱいに広がる。
ココアは、冷えた体にじんわりと染み渡った。
「美味しい…」
「だろ? ここのプリン、うちの自慢なんだ」
莉音はそう言って、悠真の頭をくしゃりと撫でた。
食後、莉音は悠真を店内奥の、従業員専用スペースへと連れて行った。
そこには、莉音の私物が置かれたロッカーがあった。
「ねえ、悠真」
「はい…」
「悠真ってさ、絶対スカート似合うと思うんだよね」
その唐突な言葉に、悠真は飲んでいたココアを吹き出しそうになった。
「な、何を言ってるんですか! 俺、男ですよ!」
「知ってるよ! でもさ、悠真って顔も小さいし、背も低いし、華奢だし…」
莉音はそう言いながら、ロッカーから何やら服を取り出した。
白いニットのトップス、デニムのスカート、そして黒いタイツ。
「ほら、これ着てみて」
「え、いや、無理ですって!」
「お願い! 一回だけでいいから!」
莉音は両手を合わせて、目を潤ませる。
その迫力に押され、悠真は抗うことができなかった。
「じゃ、じゃあ…ほんの、試しに…」
「やったー! 悠真、着替えてきて!」
莉音は悠真を、従業員用のトイレへと押し込んだ。
鏡の前で、悠真は自分の姿を見て、言葉を失った。
白いニットは、少し大きめではあるものの、悠真の華奢な体を包み込み、守られているような安心感があった。
デニムのスカートは、少し短いが、タイツを履いているので恥ずかしくない。
そして何より、ロングヘアのウィッグを被り、軽くメイクを施された自分の顔。
そこに映っていたのは、まさしく「女の子」だった。
「…これ、俺、なの…?」鏡の中の自分は、少し頬を赤らめ、はにかんでいる。
自分でも驚くほど、自然だった。
トイレから出てきた悠真を見て、莉音は目を輝かせた。
「ほら、言ったでしょ! やっぱり可愛い! 完璧!」
莉音は悠真の周りをくるくると回り、満足そうに微笑む。
「これ、このまま外でもいけるよ」
「え、まさか! 無理ですって!」
「大丈夫! 私が一緒だから!」
喫茶店の裏口からこっそりと抜け出し、莉音と二人で街へと繰り出した。
莉音は「今日から私はお姉ちゃん、悠真は妹のユウ」と設定を作り、悠真の腕に自分の腕を絡める。
「ちょっとお姉ちゃん、恥ずかしいよ…」
「なーに言ってんの! 姉妹なんだから、これくらい普通でしょ?」
周囲の視線が、時折悠真に向けられる。
しかし、それは好奇の目ではなく、仲の良い姉妹を見るような、微笑ましいものだった。
ショッピングモールに入り、莉音に連れられてクレープ屋の前に立つ。
「ユウ、何がいい?」
「えっと…チョコレート…バナナ…」
「はい、お姉ちゃんが奢ってあげるからねー」
莉音はそう言って、店員に注文する。
悠真は、なんだか照れくさくて、顔を上げることができなかった。
渡されたクレープを一口食べると、莉音は「あーん」と自分のクレープを悠真の口元に持っていく。
「あ、大丈夫です…」
「いいから! ほら、ユウ、あーん」
周囲の視線を感じ、悠真は仕方なく口を開けた。
莉音は満足そうに微笑んでいる。
街中を歩き、二人で他愛もない話をする。
悠真は、はじめは緊張と恥ずかしさでいっぱいだった。
しかし、莉音の屈託のない笑顔を見ると、少しずつ心が軽くなっていくのを感じた。
(この人に嫌われたくない)いつからか、そんな思いが心の中に芽生えていた。
自分を女の子として扱う莉音に、戸惑いはある。
でも、彼女の隣にいると、心が満たされるような気がした。
外出から帰宅後、悠真のアパートの部屋にたどり着くと、莉音はどっと疲れた様子で、悠真の膝の上に頭を乗せた。
「ふぅ…疲れた…」
「大丈夫ですか、莉音先輩…」
悠真は、莉音の髪をそっと撫でる。
「んー…やっぱ悠真の前だと、こうなっちゃうんだよね…」
「え…?」
「学校とか、喫茶店とか…いつも、憧れの先輩として、頑張ってるからさ…」
莉音はそう言って、悠真の腹に顔を埋めた。
「…誰も見てない場所で、こうして甘えるのが、一番落ち着くんだ…」
莉音の声は、少し震えていた。
いつも明るく、豪快で、誰からも好かれる憧れの先輩。
そんな彼女が、自分にだけこんなに弱さを見せている。
悠真は、意外な一面に驚きつつも、自分に向けられた信頼に胸が熱くなった。
「妹じゃなくて…ほんとは、あんたに守られたいんだよ」
莉音の呟きが、悠真の心に深く響いた。

自分より大きい女性とのお付き合い。
個人的にはまあ、それもありかな?と。
流石に今はやりませんが、結婚前ならね。
身長で好き嫌いは特にないかな?
中身が自分と合うかどうかの方が大事。
流石に2m超えとかだと驚くとおもうけどね。
続き
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