「頼むわよ、あんたしかいないんだから!」
そう言い残して姉が去っていった玄関を眺めながら、俺は目の前の少女――姪の菜乃葉(なのは)を見た。
小学一年生らしい彼女は、ジッと俺を見つめているが、どうにも目つきが鋭い。
これは姉が言っていた「男嫌い」ってやつか。
俺に任されたのは菜乃葉の一日子守り。
普段は姉が面倒を見ているが、急な用事が入ってしまったとかで、俺に白羽の矢が立った。
とはいえ、菜乃葉は男嫌い。
俺みたいな「遊び人で結婚の予定なしのダメ伯父」なんて、嫌われるのも無理はない。
「ちょっと、この服着て」姉が玄関先に置いていったのは、なぜか女性用の服の山だった。
「え? なんだこれ?」
「菜乃葉、男が苦手だからさ、女装してもらうしかないでしょ。はい、急いで!」
姉がバタバタと押し付けたのは、白いカーディガンに、細いストライプが入ったニット、そしてふわりと広がるスカートだった。
「冗談だろ……こんなの着ろって?」
「文句言わないの! あとでちゃんとお礼はするから!」
抗議する間もなく姉は出かけ、俺は不本意ながら服を手に取る羽目になった。
「ちょっと、顔動かないで!」
女装姿にメイクまで施された俺は、鏡の中で見知らぬ“女性”になっていた。
薄化粧とウィッグで、菜乃葉を騙せる程度には仕上がっているらしい。
「……変じゃない?」
「バッチリよ。ほら、行ってらっしゃい!」
こうして俺は菜乃葉を連れて公園へ行くことになった。
「菜乃葉、あんまり遠くに行くなよ!」
公園のベンチに腰掛け、目の前で遊ぶ菜乃葉を見守りながら、俺はため息をつく。
この格好にされるなんて聞いてなかった。
だが、菜乃葉は意外にも楽しそうで、俺に対して距離を取る様子もない。
「お姉さん、こんにちは!」
突然、近くにいた幼い子供が俺に声をかけてきた。
「あ、えっと、こんにちは……」
思わず高めの声で返事をすると、子供は笑顔を浮かべて去っていった。
変に怪しまれずに済んでホッとする。
「おばさん、なんでぼーっとしてるの?」
菜乃葉が駆け寄ってきて、不思議そうに俺を見上げた。
「おばさんって……いや、なんでもない。楽しいか?」
「うん! ママより優しいかも!」
その言葉に俺は一瞬ドキリとした。
菜乃葉の言葉には悪気はないのだろうが、心のどこかで嬉しさが込み上げてくる。
日が暮れる頃、俺たちは公園から戻ってきた。
菜乃葉は疲れたのか、俺の手を握りながら歩いている。
「また遊ぼうね、おばさん!」
「……ああ、いつでもな」
姉から貰った子守り料はそこそこ良い額だったが、それ以上に、今日は悪くない一日だったと素直に思えた。
子どもを預けるついでにメイクして去ってく人とかいないよね?
流石にそんな人は知らないしいないと思いたい。
女装して若作りしても、子どもは平気でおばさん呼びしてきます。
若くいたい人にはなかなか残酷ですね。。。
実際にはおじさんなんだけどな。
コメント