
水面に映る月の光が、歪んだ波紋とともに揺れている。
俺はただ、呆然とその光景を見つめていた。
いや、違う。見つめていたのは、俺じゃない。
「じゃあな。お前の人生、せいぜい楽しめよ。」
くるりと背を向けたのは、私の姿をした女——いや、元の私の体だ。
アイツは、私の身体を持ったまま、ゆっくりと立ち去っていく。
俺は、その背中を止めることもできず、ただ立ち尽くしていた。
——なんで、こんなことに?
つい数時間前までは、すべてが完璧だった。
高級ブランドのバッグ、煌びやかなドレス、ホテルのスイートルーム。
貢がされていた男たちは皆、私の指一本で動く操り人形のようだった。
だが、今の私は——
「ふざけないで……」
呟いた声は、自分のものではない。
いや、これが今の私の声なのだ。
ザラついた低い声、乾いた喉。喋るたびに、喉の奥が引っかかるような感覚がする。
「嘘でしょ……?」
震える手を見下ろす。ごつごつとして節くれだった指。
かつての滑らかで白い肌はどこにもない。
代わりに、そこにあったのは、人生に疲れ果てた男の手だった。
「そんな……!」
叫んでも、何も変わらない。
目の前で、操り人形だった人間が私の人生を持ったまま消えていく。
一体、何が起こったのか。
遡ること数時間前——私はいつものように、あの男を弄んでいた。
「ねえ、お願い。あのバッグ、買って?」
色仕掛けなんて簡単だ。
彼は私の言うことなら何でも聞いた。
馬鹿みたいに金を貢ぎ、借金までして——それでも、彼は私を求め続けた。
——それが気持ち悪かった。
「これで最後にしてくれ……頼むよ、もう金がないんだ……」
哀願するような彼の目を見て、私は笑った。
「は? 勝手に自滅してるくせに、何言ってんの?」
その言葉が引き金だったのか、彼は怒りを露わにし、私に掴みかかってきた。
「お前のせいで……!」
「やめろよ、気持ち悪い!」
私は抵抗しようと身をよじる。その瞬間——
激しくぶつかり合った拍子に、視界が一瞬、真っ白に弾け飛んだ。
気がつけば、私はこの身体になっていた。
そして今、俺の身体を持ったアイツは、何の迷いもなく新しい人生を歩み始めた。
「ま、待ってよ! 私の……私の身体を返して!」
叫びながら駆け出そうとする。
しかし、足がもつれて転ぶ。
自分の体の重さが思い通りにならない。
「クソッ……!」
必死に顔を上げる。だが、もう私の姿はどこにもなかった。
その瞬間、全てが崩れ落ちた。
絶望とは、こういうことを言うのだろう。
翌日から、地獄が始まった。
まず、電話が鳴り止まなかった。
金融会社、闇金、あらゆる借金の取り立て。
「あの男が払うはずだったんだ!」
そう言ったところで、誰も信じてくれない。
身体が変わったことなんて、説明する術もない。
家もなかった。
ホテル暮らしだった元の男には、帰る場所すらなかった。
「……ふざけないでよ」
震える手で鏡を見る。
そこに映っていたのは、青白い顔をした男。
私は、その姿に向かって思い切り拳を叩きつけた。
ガラスが砕ける音とともに、私はただ、崩れ落ちた——。
それから一年が経った。
私は、借金取りに追われながら、底辺の生活を続けている。
どんなに足掻いても、あの男には辿り着けなかった。
「……クソッ……」
薄暗いアパートの一室。
酒とタバコの匂いが染みついた布団の上で、俺は天井を見つめる。
あの時、なぜあんなことをしてしまったのか。
もし、あの男を弄ぶのではなく、ちゃんと向き合っていたら。
後悔しても遅い。
「ははっ……」
もう笑うしかなかった。
そして、私の人生は終わっていく。
彼の人生は、美しく輝いているのだろう。
星の見えない夜、私は、涙を流しながら眠りについた。

最近こんなのは減ってますけど
貢がれたがる女性はときどき見かけますね。
やり過ぎると恨まれちゃいますけどね。
実刑判決出ましたが、頂き女子のりりちゃんのnoteを断片的に見ると
確かに男が釣れそうなやり方が書いてありました。
善悪は別として、渡世術としてはおすすめです。
私も貢がれたい。。。
また短編集出したので、こちらも是非是非♪
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