
「……ん、うう……」
次に気づいたとき、高村悠人は強烈な違和感と共に目を覚ました。
金縛りではない。
だが、まるで巨大な蛇に胴体を締め上げられているかのように、胸から腹にかけてが圧迫され、深く息を吸おうとしても、肺が半分も膨らまない。
「なんだ、これ……!?」
掠れた声が出た。
だが、その声は自分の知っている低い声ではなく、鈴を転がしたような高い音色だった。
悠人は弾かれたように目を開き、慌てて飛び起きようとした。
「いっ……つ!」
ズシリとした重みが全身にかかり、バランスを崩して畳の上に手をつく。
慣れない感覚に体がよろめく。
視界に入ってきたのは、白い肌の細い手首と、そこにかかる濃紺の布地。
鮮やかな手毬の柄が描かれた、美しい振袖が視界いっぱいに広がっていた。
そして、胸元には見覚えのないふくらみが帯の上にのっている。
「嘘だろ……」
悠人は震える手で自分の頬を触った。
すべすべとした感触。髪は肩まで長く、重い。
全身に張り巡らされた紐と帯の存在が、彼の自由を完全に奪っていた。
慌てて部屋の隅にある鏡台へと這っていく。
長い袖が膝に絡まり、立つことさえままならない。
鏡に映っていたのは、少し茶色がかった髪を上品に結い上げ、大きな瞳を驚愕に見開いている美咲の姿だった。
「俺が、美咲ちゃんになってる……!? なんで、こんな……」
パニックになり、鏡の中の自分(美咲の姿)の顔をペタペタと触りまくる。
その時、背後から低い、しかし妙に落ち着き払った声が聞こえた。
「あらあら。やっぱり私の顔だと、そんなに間抜けな表情をしても可愛らしいのね」
悠人はギョッとして振り返った。
そこには、あぐらをかき、無防備に猫背になりながらニヤニヤと笑っている「悠人」がいた。
自分の顔が、あんなに悪賢い笑みを浮かべることができるなんて知らなかった。
「み、美咲ちゃん!? その身体……俺のか!?」
「ええ、そうよ。悠人さん」
美咲(悠人の身体)は、興味津々といった様子で自分の(つまり悠人の)腕をさすり、肩を回している。
「驚いたわ。男の人の身体って、こんなに軽いのね」
悠人(美咲の身体)は、絶望的な気分で帯に締め付けられている腹をさすりながら叫んだ。
「軽いわけあるか! こっちは、呼吸をするのも一苦労なんだぞ! 軽いのはその格好のおかげだろ! なあ、元に戻してくれよ、美咲ちゃん!」
「駄目よ、早すぎるわ」
美咲はそう言うと、悠人の身体を使って軽々と立ち上がり、その場で大きく背伸びをした。
ワイシャツの袖口を捲り上げるその仕草は、どこか豪快だ。
「見て、帯がないのよ。お腹周りが何にも締め付けられていない。息が足の先まで入っていくみたい。それに、歩幅を気にしなくていいのね! ズボンってなんて自由なの!」
美咲は悠人の身体のままで、部屋の隅から隅まで、楽しそうに大股で歩き回った。
男性の身体の「身軽さ」「自由さ」を全身で謳歌しているのが見て取れる。
一方、悠人(美咲の身体)は立ち上がろうとしたが、慣れない着物の裾が足にまとわりつき、一歩踏み出すたびにバランスを崩す。
「くそっ、なんだこれ! 歩きにくい! すぐ転びそうになる!」
「ふふ、お淑(しと)やかに歩かないからよ。内股にして、すり足気味に動くの。それも立派な作法。これから毎日、身につけていただきます」
美咲の言葉には、容赦がない。
彼女は悠人の腕を掴んだ。
その力は、元々悠人が持っていた腕力そのもので、美咲の華奢な身体になった今の悠人には到底敵わない強さだった。
「私、あなたのその身体気に入っちゃった。肩こりもないし、足も自由に開くし、何より声がよく通る。……しばらく交換しましょう?」
「はあ!? ふざけんな! 俺の仕事はどうなる!?」
「安心なさい。私がしっかりやってあげるわ。あなたの身体になってみてわかったけど、男性の身体ってとても効率がいいのね。私も一度、あなたの職場で思い切り仕事をしてみたいと思っていたところよ。私があなたのデリカシーのなさを教えてあげたように、私もあなたの会社で『男の自由』を学ばせてもらうわ」
美咲は悠人の身体でポケットに手を突っ込むと、実に男前な仕草で仁王立ちになった。
「私(悠人の身体)は明日から、あなたの会社に出勤する。だから、あなた(美咲の身体)は今日から『綾小路美咲』よ」
「俺が美咲ちゃんなんて無理だ! 帯の締め方だって、茶の出し方だって知らな……」
悠人が言い募るのを、美咲は手で制した。
「だからこそ、ここで学ぶのよ。私がどれだけの我慢と技術で、あなたの隣に立っていたのかを。合格するまで、元には戻さないからね」
その時、襖の向こうから、厳格そうな母親の声が響いた。
『美咲、そろそろお花の時間ですよ。今日のお客様はキャンセルになったから、たっぷり時間をかけて指導します。準備はできましたか?』
悠人の顔色(美咲の白肌)が青ざめる。
母親には、まさか中身が入れ替わっていることなど言えるはずもない。
「ほら、お母様がお呼びよ。背筋を伸ばして、あごを引く! 袖を汚したら承知しないからね」
美咲は悠人の身体で、楽しそうにクスクスと笑った。
それは、初めて聞く自分の笑い声だったが、とても図太く、底意地の悪い響きに聞こえた。
絶望的な気分で、悠人は着物にまとわりついた帯を見下ろした。
これはただの衣装ではない。
これから彼に課せられる、美しくも過酷な修練の始まりを告げる、『大和撫子養成ギプス』だった。

上の動画が最終的なイメージ。
この後どうなるかは色々想像してみてください♪
こんな着物着てると、自然と背筋が伸びますね♪


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