秋の夕暮れ、冷たい風が吹き始め、赤や黄色の落ち葉がひらひらと舞っていた。
公園を歩いていると、ふとベンチの傍らに座り込んでいる一人の少女が目に入った。
彼女は黒いセーラー服を着て、膝を抱え、俯いていた。
通り過ぎようとしたが、その沈んだ様子が気になり、思わず足を止めてしまった。
「大丈夫ですか?」
声をかけると、少女はゆっくりと顔を上げた。
目が合った瞬間、なぜか心臓が跳ねたような感覚がした。
彼女の瞳はどこか虚ろで、遠くを見つめるようにぼんやりとしていた。
「……あなたは?」
「え、あ、俺はただ通りすがりで……。具合悪いのかと思って」
少女は答えずに、じっとこちらを見つめた。
気まずさを感じ、どうしようかと戸惑っていると、彼女がようやく口を開いた。
「お願い……」
「え?」
「お願い……代わってほしいの」
「代わって……? 何のこと?」
彼女の言葉がよく理解できず、戸惑うばかりだった。
しかし次の瞬間、突如として視界が揺れた。
まるで世界が回転し、自分の体がどこかへ引き寄せられていくような感覚が押し寄せた。
「――っ!?」
目の前が真っ暗になり、次に気づいたときには、全身が異様なほど重く、違和感に包まれていた。
ふと目を開けると、目の前には、見覚えのある「自分」の姿があった。
先ほど声をかけた少女のはずの場所には、自分自身が立っているのだ。
「え、何……?」
混乱したまま、自分の手を見下ろす。
小さく、白い。まるで自分の手ではないかのような違和感が広がる。
そして、足元を見ると、黒いタイツを履いた細い脚。
さらに、目の前に垂れたセーラー服の襟。
「これ……俺……?」
驚愕し、声を出そうとしたが、その声は少女の声だった。
頭が追いつかず、何が起きたのか理解できない。
混乱する中、目の前の「自分」がふっと笑みを浮かべた。
「これでいい……。ありがとう」
その声は低く、しかしどこか安堵したような響きを帯びていた。
「おい、待てよ! どういうことだ!?」
必死で問いかけたが、目の前の自分――少女は何も答えず、静かにその場を立ち去っていった。
—
それからどれくらいの時間が経ったのか、分からない。
自分はしばらく、その場で呆然と座り込んでいた。
体の中で何かが変わってしまった感覚と、目の前で消えていった「自分」。
理解できない出来事に、頭は真っ白だった。
「どうしよう……」
思わず呟いてしまった。
少女に代わってほしいと言われ、その瞬間に体が入れ替わった――それが現実に起こったことだとは、信じ難かった。
だが、自分の手や体がまぎれもなく少女のものである以上、否定することはできない。
「嘘だろ……」
動揺しながら、少しだけ歩いてみたが、体は重く、ぎこちない。
何より、周囲の目が気になって仕方なかった。
自分が男であるという感覚が残っているせいで、少女の体であることがまるで仮面をかぶっているように感じるのだ。
その後、どうにか家に帰ろうとしたが、当然のように自分の家には帰れない。
代わりに、少女の持っていたバッグに入っていた住所を頼りに、見知らぬ家に向かった。
玄関の前に立ち、恐る恐る鍵を差し込んでみる。
カチャリと音がして、鍵は開いた。どうやら間違いないようだ。
「……ただいま?」
思わず、声に出してみるが、返事はない。
家は静かで、どうやら一人暮らしのようだった。
少女の家に入ると、どこか懐かしい匂いがしたが、それが誰のものなのかすらわからない。
「本当に、俺はこの子の体になってしまったのか……」
鏡に映った自分の姿をじっと見つめる。
そこにいるのは、さっきの少女――いや、今の自分だ。
慣れない制服と、短く切られた黒髪。
瞳には確かに自分が映っているはずなのに、その体はどうしても自分のものだとは思えない。
「どうすれば……」
現実感がまったくなく、不安と焦りばかりが胸に広がる。
自分の体を取り戻す方法も、少女がどこに行ってしまったのかもわからない。
これからどうするべきか、考える余裕すらなかった。
数日が過ぎた。
自分の体に戻る方法を探し続けたが、何の手がかりも得られなかった。
少女の体で日常生活を送ることに、少しずつ慣れていく一方で、自分の体はどこにいるのかという疑念が頭を離れない。
ある日、学校に向かう途中で、ふと「自分」に再会した。
「あんた……!」
思わず駆け寄り、問い詰める。
だが、「自分」は冷たく笑うだけで、何も答えなかった。
その表情に、不気味なものを感じたが、再び入れ替わる手がかりがつかめるかもしれないと食い下がった。
「どうして俺の体を取ったんだ! 元に戻してくれ!」
「……戻りたいの?」
「当たり前だろ! 俺は……元の自分に戻りたい!」
「そう……でも、もう遅いのよ」
その言葉に、全身が凍りついた。
彼女――いや、自分はもう戻れないと言っているのだ。
「どういう意味だよ……!?」
「あなたが私に声をかけた時点で、もう戻れない運命だったの。だから、諦めなさい」
それだけ言い残して、彼女は再び姿を消した。
僕はその場に立ち尽くすしかなかった。
戻れない――その言葉の重みが、ずしりと心にのしかかる。
その後、僕は完全に彼女の生活に溶け込んでいった。
自分が何者だったのか、もはや思い出すことすら難しくなり、少女としての日々が当たり前になっていく。
そして、いつの日か「自分」という存在が消えてしまうことに、気づくのだった。
最近は、困ってそうな人に声をかけただけで
通報されかねない世の中になってきてますからねぇ。
流石に身体を奪ってく通り魔はいないと思いますが。。。
バスや電車で座るか聞くのすら不安になります。
もういっそのこと優先席無くしちゃいますか?
その方が若者座りやすいし。
私はもう若くないので不利になるだけですが。
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