「まさか、この歳になって、こんな無茶振りをされるとは……」
相沢翔、27歳。営業部勤務。
真面目が取り柄で、頼まれれば嫌と言えない性格が、まさか自分の首を絞めることになろうとは夢にも思わなかった。
目の前のホワイトボードには、お祭り騒ぎの文字が踊っている。
「リンクフェス2025開催決定！」
テーマ：「変身！あなたの新しい魅力を見せよう」
社内イベント「リンクフェス」。
毎年恒例ではあるものの、今年のテーマは一際ぶっ飛んでいた。
各部署がステージ発表を行い、その変身ぶりを競い合うというのだ。
「いいか、皆！ これは単なるお祭り騒ぎじゃない。
部署間の連携、企画力、そして何より、我々営業部の見せる力が試される場だ！」
腕を組み、熱弁を振るうのは営業課長の藤堂だ。
その表情は、まるでオリンピックの日本代表監督のようだった。
営業部が選んだ企画は、これまたぶっ飛んでいた。
「営業部アイドルユニット『DREAM SELLERs』」
ドリームセラーズ。
響きは悪くない。
だが、営業マンがアイドルユニットを組む？
翔は思わず、隣に座る同期の真田海斗に目で訴えかけた。
（海斗、これ、やばくないか……？）
（やばいな。だが、課長の目の輝き、止められそうにないぞ……）
海斗もまた、半ば諦めたような表情で翔にアイコンタクトを返した。
しかし、最悪の事態はまだこれからだった。
「さて、センターを務めるのは……公平を期すため、くじ引きとしよう！」
藤堂課長の掛け声とともに、小さな箱が回される。
皆が嫌そうな顔でくじを引いていく中、翔は妙に冷静だった。
どうせ自分は、こういう目立つ役には当たらないだろう。
そう、思い込んでいた。
「はい、相沢！」
藤堂課長の声が、フロアに響き渡る。
翔の手には、「センター」と書かれた赤い文字のくじが握られていた。
「え……？」
翔は自分の目を疑った。
隣の海斗が、まるで珍獣でも見るかのように翔を凝視している。
「嘘だろ、翔……お前、持ってるな」
「いや、俺は別に持ってたわけじゃ……」
翔の抗議はむなしく、周囲からは「おー！」という声が上がった。
そして、その瞬間を待っていたかのように、一人の女性がキラキラした目で翔に歩み寄ってきた。
「翔くん、これはもう……女装一択でしょ！」
声の主は、同期でデザイナーの桜井美香。
今回のイベント企画のキーパーソンの一人だ。
ショートカットの髪が揺れ、活発な印象の彼女は、翔の顔を見るなり満面の笑みを浮かべた。
「な、なんでそうなるんですか！！」
翔は思わず叫んだ。
アイドルユニットでセンターになったからといって、なぜ女装に直結するのか。
その論理が全く理解できない。
「だって、テーマが『変身！』だよ？ 翔くん、普段地味じゃん？ そこを思いっきり変身させたら、絶対面白いって！」
「いや、地味って言うな！ ていうか、男が女装するのは変身じゃなくて、もはや性転換ですよ！」
翔の必死の抵抗も、美香には届かない。むしろ、彼女の目は獲物を見つけたハンターのようだ。
「いいか相沢！ 美香さんの言う通りだ。たまには殻を破るのも営業力だと思わないか？ 新しい自分を発見することで、君のプレゼンにも深みが増すかもしれないぞ！」
そこに追い打ちをかけたのは、まさかの藤堂課長だった。
課長の熱い眼差しに、翔は言葉を失う。
逃げ場なし。美香と課長という、営業部最強のタッグに挟まれ、翔は完全に追い詰められた。
「わかりました……やります……」
翔の蚊の鳴くような声に、美香は「やったー！」と手を叩き、課長は満足げに頷いた。
それから数日後。
会社の営業時間外、ミーティングルームはまるで秘密基地と化していた。
美香が持ち込んだ大量の化粧品と衣装が、テーブルの上に所狭しと並べられている。
「じゃあ、さっそく変身スタート！」
美香の声が、否応なく翔の耳に届く。
翔はすでに観念していた。
どうせやるなら、とことんやってやろう。そう自分に言い聞かせ、鏡の前の椅子に座った。
まずはスキンケアから、と美香は手際よく翔の顔に化粧水を叩き込む。
ひんやりとした感触に、翔は思わず身震いした。
ファンデーション、アイシャドウ、マスカラ、チーク、リップ……。
一つ一つの工程が進むごとに、鏡の中の「相沢翔」が少しずつ変化していく。
「翔くん、まぶた閉じてー」
「くすぐったい……」
慣れない感触に、翔は何度も目をつむりそうになる。
美香はそんな翔を、手慣れた様子でリードしていく。
彼女の手つきは真剣そのもので、まるで彫刻家が作品を仕上げるかのようだ。
そして、仕上げはウィッグだった。
艶やかなブラウンのボブヘアが、翔の頭にそっと乗せられる。
前髪を整え、サイドの髪を耳にかけると、そこに現れたのは、もう見慣れた「相沢翔」ではなかった。
「よし！ 完成！」
美香の声に、翔はゆっくりと目を開けた。
鏡に映っていたのは、まさしく「女性」だった。
柔らかなブラウンの瞳、ほんのりピンク色に染まった頬、ふっくらとした唇。
そして、肩で揺れるボブヘアが、彼女の顔をさらに引き立てている。
「う、嘘だろ……」
翔は思わず声を漏らした。
自分でも信じられない変身ぶりだ。
化粧でこんなにも変わるものなのか。
「どう？ 翔子ちゃん！」
美香が満足げに尋ねる。
そう、「翔子」。美香はすでに、翔の女装時の名前まで考えていたのだ。
「俺……本当に、女みたいじゃん……」
鏡の中の「翔子」は、戸惑いと驚きが入り混じった表情をしていた。
「みたいじゃなくてなってるの！」
美香は得意げに胸を張った。
確かに、自分ではそうとしか言えない。
鏡の中の女性は、会社にいても全く違和感のない、ごく自然な「女性社員風」に見える。
その日のために美香が用意した衣装に着替えると、さらにその印象は強くなった。
白地に黒のドット柄のブラウスに、くるぶしまである黒のフレアスカート。
足元は控えめなヒールだ。
「……なんか、俺、もう営業じゃなくて営業嬢ですよ……」
自嘲気味に呟く翔に、美香はにっこり笑った。
「似合ってるからOK！」
そこにやってきた海斗と藤堂課長も、その変身ぶりに目を丸くする。
「うわ、マジかよ翔……いや、マジで可愛いじゃん！」
海斗が驚きの声を上げた。
その顔は、茶化すような表情とは裏腹に、どこか見惚れているようにも見えた。
「相沢君、これは……素晴らしい！ 君の中に眠る新たな可能性を引き出したな！ これでプレゼンに臨めば、クライアントも心を奪われること間違いなしだ！」
藤堂課長も興奮気味に翔を褒め称える。
褒められているのはわかるが、複雑な気持ちだ。
「（なんで誰も止めてくれないんだ……！）」
翔は心の中で叫んだ。
確かに、美香のメイクとコーディネートは完璧だった。
しかし、これは紛れもない「自分」なのだ。
この姿で、本当に会社に出社する日が来るのだろうか？
翔は、これから始まるであろう女装ライフに、一抹の不安を覚えずにはいられなかった。
まるで夢を見ているかのような、現実離れした状況。
しかし、これはまだ序章に過ぎなかった。
会社のイベントだったら合法的に女装できますね。
自分が選ばれるとは限りませんが。。。
まあ、選ばれたら嫌々ながらもというふりをしながら
ノリノリで着替えるんでしょうね。
今の職場だとありえないな。。。
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