
文化祭まで、あと一週間。
放課後の音楽室は、熱気と音で満ちていた。
「じゃあ、次の曲もう一回いくよー!」
そう言ってリーダーの咲(さき)がギターを構えた。
女子とは思えないほどキレのあるカッティングと、真剣な目つき。
けど、その目がふと俺の方を見て、やわらかくほころぶ。
「……遥(はるか)、ちゃんと見ててよ?」
俺――真中遥は、彼女のギターの指さばきを黙って見つめた。
バンドメンバーの一員……ではなく、単なるサポート要員として。
咲はクラスでも人気の美少女で、しかもギターの腕もプロ並み。
目立つことが苦手な俺とは正反対の存在だ。
なのに、なぜか気に入られて、ギター運びや機材調整なんかを手伝わされていた。
(俺には、関係ない世界のはずだったのに……)
そんなふうに思っていた、あの日までは。
転機が訪れたのは、文化祭の数日前の夜だった。
遅くまで練習に付き合わされ、帰り道に咲とふたりで並んで歩いていたときのこと。
「ねえ遥。今日もありがと」
「あ、うん。別に、俺なんて何も……」
「そんなことないよ。……実はね、バンドメンバーのことで少し悩んでて……」
そう言って、咲はぽつぽつと話し始めた。
メンバーのひとりが文化祭後に転校してしまうこと。
今回のステージが、その子との最後の演奏になること。
だから絶対に成功させたいと。
「でも……もし途中で私が倒れたらどうしようって思っちゃって。緊張しててさ……」
そんな咲の弱音を聞いたのは初めてで、俺はただ、「大丈夫」としか言えなかった。
そして、帰り道の神社で願いごとをした直後だった。
めまいのような感覚と共に、俺は意識を失った。
目を覚ましたとき、そこは見慣れない天井の部屋。
鏡の中の自分を見て、俺は言葉を失った。
「……え、誰……?」
鏡に映っていたのは、あの咲の姿だった。
それも、部屋着のまま、髪を下ろして、胸元がふわりと開いたパジャマ姿で。
「ちょ、ちょっと待て! なんで俺が……!」
混乱する俺の耳に、部屋の奥からスマホの着信音が鳴る。
画面を見ると『真中遥』と表示されている。
恐る恐る通話を繋げると、そこから聞こえたのは――俺の声だった。
『お、起きた? あのさ……たぶん、入れ替わってる』
「……マジかよ」
それが、俺と咲の奇妙な入れ替わり生活の始まりだった。
その翌朝。
「う、うわっ……スカート、短っ……!」
制服に着替えるとき、まず困ったのは、やっぱり女子の下着と制服だった。
パジャマからブラとショーツに手を伸ばすたびに、「俺、何やってんだ……!」と羞恥心に襲われる。
胸元にしっかりフィットするブラ。
ぴったりしたシャツ。
リボンタイ、ブレザー、そして、あの……スカート。
ストッキングの感触も、見慣れた自分の太ももではなく、柔らかく滑らかで。
「これは……落ち着かねぇ……!」
けれど咲の身体で彼女の家を出て、彼女の通う学校へ行くためには、どうしても避けられなかった。
教室に入ると、みんなが一斉に咲へ――つまり俺に――注目する。
「咲ちゃん、おはよー!」
「今日もかわいいね!」
その言葉を受けて、作り笑いを返すのが、これほど難しいなんて思わなかった。
(こんな世界、俺には無理だ……)
けれど、その日。放課後のバンド練習で、さらなる試練が待っていた。
「ねえ咲、ちょっとギター合わせてみてよ!」
メンバーにそう言われて、俺は戸惑う。
(ギターなんて触ったことないのに……!)
でも、どうにか弾いてみると――なぜか、指が勝手に動く。
(……あれ?)
驚いたのは俺自身だった。
体が覚えているのか、咲のギターの記憶が、まるで俺に流れ込んでくるような感覚だった。
そして――その音が鳴った瞬間、メンバーたちがざわついた。
「咲、今のすごいよ! いつもより熱が入ってる!」
「今日の咲ちゃん、なんか違う!」
内心パニックだったが、俺はギターを抱えながら、どこか高揚している自分に気づいていた。
咲の身体が、音を出すたびに、心が震える。
この体は、音楽のために生きてる――そんな気がした。
(……俺が、このまま演奏していいのか?)
揺れる気持ちのまま、文化祭当日が近づいていった。
続きは電子書籍にて

目立つのが苦手な人が人前でギターなんて弾けませんけどねw
いや、ギター自体は陰で練習してる人もいますが。
一人でこっそり練習してるだけでも楽しいですよ?
と、個人的には思ってます。
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