
田中健太、三十三歳。
職業、システムエンジニア。
この肩書きは、彼の人生を呪縛する鎖そのものだった。
朝七時のアラームで叩き起こされ、満員電車の押しつぶされるような圧力に耐え、一日中パソコンの画面とにらめっこする。
そして夜は終電ギリギリまで残業。
家に着く頃には日付が変わっていることも珍しくなかった。
「今日も、終わったな……」
深夜のオフィスビルを出て、健太は独りごちた。
都会の夜空は星一つ見えず、ビルの窓から漏れる光だけが、自分と同じように働く人々の存在を無言で主張している。
上司の遠山部長から受けた今日の小言が、彼の頭の中をぐるぐると回っていた。 「田中、この資料のフォントが気に入らん。やり直しだ」
「このシステム、もっと効率化できんだろうが。頭使え、頭を」
部長の言葉は、まるで彼の存在そのものを否定されているようだった。
健太はただ黙って頭を下げる。反論する気力も、言い返す言葉も持ち合わせていなかった。
人生に、まるで張りがない。
ただ毎日を消化しているだけ。
一体何のために生きているのか、時々本気で分からなくなる。
健太はいつもと違う道を選んだ。
無意識に足が向かったのは、会社の近くにある小さな神社だった。
鬱蒼とした木々に囲まれ、街灯の光も届かないその場所は、まるで別世界のように静まり返っていた。
彼はぼんやりと鳥居をくぐり、砂利道を歩く。
本殿の前に立つと、冷たい夜風が吹き抜け、疲労困憊の体にしみわたった。
そのとき、足元に何かが落ちているのに気づいた。
手のひらサイズの小さな布袋だ。
「なんだ、これ……」
拾い上げてみると、それはお守りだった。
だが、よくある神社のお守りとは少し違う。
色褪せた布には、見慣れない文様が刺繍されている。
裏側には、かろうじて読めるか読めないかの文字で「願イ叶ウ」と書かれていた。
「願いが叶う、か……」 健太は自嘲気味に呟いた。
今一番の願いは、この仕事から解放されること。
そして、もう一度、何かに夢中になれる自分に戻ることだ。
そんな非現実的な願いが、こんな怪しいお守りで叶うはずがない。
そう思いながらも、彼はなぜかそれをポケットに入れた。
ただの気まぐれだった。
翌朝、耳元でけたたましく鳴るアラームの音に、健太は重い瞼をこじ開けた。
「うわっ!」
飛び起きて、彼は自分の目に飛び込んできた光景に思わず叫んだ。
そこは、見慣れない部屋だった。
壁には可愛らしいイラストやポスターが貼られ、机には色とりどりの画材が散乱している。
「なんだ、ここ……?夢でも見てるのか?」
混乱しながら、彼は洗面所へ向かった。
鏡に映ったのは、信じられない光景だった。
そこにいたのは、自分ではなかった。
黒いロングヘアが肩まで伸び、大きな瞳と華奢な顎のラインを持つ、まるで人形のような若い女性。
「嘘だろ……なんで俺が、女に……?」
自分の体は、どこへ行ってしまったのだろう。
彼はパニックに陥り、頭を抱え込んだ。
一方、小野寺優は、同じように混乱の渦中にいた。
「うーん……ねむい……」
ぼんやりと目を開けると、視界に入ったのは見慣れない天井だった。
「あれ?ここどこ?私、昨日は部屋で寝たはずなのに……」
硬い布団、簡素な机、そして壁にはスーツが何着もかかっている。
まるで男の人の部屋みたいだ。
「え、何これ、どっきり?」
優は冗談めかして笑おうとしたが、その声が自分の声ではないことに気づき、心臓が跳ね上がった。
まるで、中年男性のような、低く掠れた声だ。
「う、嘘……」 震える手で顔を触る。
硬い頬、ごつごつした骨格、そして短い髪。
鏡台へ駆け寄ると、そこに映っていたのは、疲れ切ったような、見知らぬ男性の顔だった。
「うわあああああああ!」
優は絶叫した。
この体は、誰?私の体はどこへ?
二人は、それぞれの体で街へ飛び出した。
「どうして……どうしてこんなことに……!」
女性の体になった健太は、スカートの裾を気にしながら歩く。
すれ違う人々は、彼を「可愛らしい女の子」として見てくる。
その視線に居心地の悪さを感じながら、彼は茫然自失としていた。
すると、向こうから見慣れたスーツを着た男が歩いてきた。
その顔は、見覚えのない疲れた中年男性の顔だった。
しかし、その男性は、なぜかまるで初めてスーツを着た子供のように、ぎこちなく歩いている。
二人の視線が、交わった。
「あ、あの……もしかして……」
男が、おずおおずと話しかけてきた。
その声は、健太が知っている声だった。
自分が、朝まで聞いていた声。
「もしかして、小野寺さん……?」
健太が呟くと、男は大きく頷いた。
「そう!そうなんです!どうして私の名前を……って、えっ、もしかして、あなたが……」
お互いの言葉が、途中で止まる。
二人は無言で、相手の姿を見つめ合った。
そして、同時に同じことを悟った。
「……入れ替わった?」
二人は言葉を重ね、自分たちの身に何が起こったのかを理解した。
健太が拾ったあの怪しいお守りが、原因に違いない。
二人は近くのカフェに入り、震える声で状況を話し合った。
サラリーマン→女性の生活
健太は、小野寺優として大学へ通うことになった。
「まじか……」
制服代わりの華奢なブラウスとスカート、そして生まれて初めてのハイソックス。
足元には小さなローファー。
着慣れない服に、彼は一挙一動がぎこちなくなった。
大学のキャンパスは、彼が想像していたよりもずっとカラフルで、活気に満ちていた。
「優ちゃん、おはよう!」
後ろから声をかけられ、振り返ると、見覚えのない二人の女性がいた。
優の友人たちだろう。
「お、おはよう……」
名前が分からない。
授業の内容も分からない。
大学の建物も、どこに何があるのか皆目見当がつかない。
「優ちゃん、今日はレポート提出日だよ?ちゃんとやった?」
「え、レ、レポート……?」
彼は頭が真っ白になった。
当然、何もやっていない。
優のスマホをこっそり見ると、グループLINEには「レポート終わったー!」というメッセージが並んでいた。
「ご、ごめん、ちょっと寝不足で、記憶が曖昧で……」
健太は苦し紛れに言い訳をした。
友人は怪訝な顔をしたが、それ以上は何も言わなかった。
授業中も、彼はノートを広げたまま、ただひたすらペンを握りしめているだけだった。
教授の話す専門用語が、まるで呪文のように聞こえる。
「なあ、優ちゃん、最近ちょっと雰囲気大人っぽくなった?」
「うんうん、なんか落ち着いたっていうか、色っぽくなったっていうか……」
昼休み、友人の一人が健太にそう言った。
彼は内心ドギマギしながら、どうにか平静を装う。
「そ、そうかな?ちょっと忙しかったからかな……」
心臓がうるさく鳴る。
女性として見られている。
その事実に戸惑いながらも、彼は優の生活にどうにか適応しようと努力し始めた。
女性→サラリーマンの生活
優は、田中健太として会社の門をくぐる。
「おはようございまーす!」
優は、いつもの調子で元気よく挨拶した。
しかし、会社の受付の女性は不思議そうな顔をしている。
「田中さん、いつもより声が大きいですね」
「え、あ、はい!今日は朝から調子がいいもんで!」
優はへらへらと笑った。
そして、人生で初めての満員電車。
ぎゅうぎゅうに押し込まれ、息をするのも苦しい。
「うわー、みんなこんなのを毎日……!」
会社のデスクに着くと、山のような書類とパソコンが彼女を待っていた。
「田中君、これ、今日の会議資料。午後までに仕上げておいて」
上司の遠山部長が、無造作に書類の束を投げつける。
「は、はい!」
優は書類の山と格闘し始めた。
何が何だか分からない。
専門用語が飛び交う会議では、ただ頷いていることしかできなかった。
「おい、田中。さっきの資料、誤字があるぞ。どういうつもりだ?」
部長の嫌味な声が、優の耳に突き刺さった。
彼女は思わず下を向く。
「ご、ごめんなさい……」
「ごめんなさいじゃねえだろ!社会人だぞ、お前は!」
部長の剣幕に、優は泣きそうになった。
「こんな毎日を生きていたのか……」
優は、健太の苦労を身をもって実感した。
二人は、夜になるとLINEで連絡を取り合った。
優(健太の体):マジやばいよ田中さん!会社怖すぎ!あの部長、マジで鬼!
健太(優の体):優ちゃんも大変だったんだな。俺も大学でレポート提出し忘れて死ぬかと思った。
優:ふふ、田中さんがスカート穿いてるの想像したらちょっと笑える。
健太:笑い事じゃない!あと、友だちの名前も授業内容も全然分かんないんだけど、どうすればいいの?
優:大丈夫!私の友だちみんな良い子だから!あと、授業は……適当にごまかしてればなんとかなるかも?
健太:適当って……お前はいつもそうやって乗り切ってるのか?
優:まあね!あと、もし誰かに変なこと聞かれたら、LINEで聞いてね。すぐ答えるから!
二人は、お互いの生活を知る中で、相手の苦労や努力を少しずつ理解しはじめた。

学生が中堅くらいのサラリーマンになったら、なかなかきついですよね。
でも、サラリーマンも学生時の知識はもう古くなってるし
なかなかなじめないと思う。
性別まで変わったら、もうどうにもならないね。。。
喜べるのは一部の人だけじゃないかな?私とか。
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