
日曜日の朝のような静寂の中、悠真の部屋には、薄いミルクティー色のレースカーテン越しに、淡い光が差し込んでいた。
壁紙はシンプルな白だが、部屋の中は彼の趣味を反映して、どこか甘く、繊細な雰囲気に包まれている。
目覚まし時計の代わりに、枕元に置かれたスマートフォンから、小鳥のさえずりのような電子音が流れる。
悠真は微睡みの中で、顔に触れている柔らかな布地に安堵感を覚えた。
それは、彼が毎晩欠かさず身につけている、淡いピンクのサテン生地と白いレースで縁取られたナイトウェアだった。
肌触りの良い冷んやりとした生地が、彼の身体を優しく包んでいる。
「ふぁぁ…」
大きく欠伸をして身体を起こすと、微かな香水の香りが部屋に漂った。
彼が寝る前に必ずベッドリネンにスプレーする、ローズとムスクが混ざったような、少し大人びた香りだ。
悠真は、ベッドサイドテーブルの上に置かれた小さな手鏡を手に取り、自分の顔を覗き込んだ。
茶色く染めたボブヘアは寝癖で少し跳ねているが、まぶたは腫れておらず、二重のラインも整っている。
瞳は大きく、まつ毛は長く、顔立ちは限りなく中性的で愛らしい。
「今日も、なんとか、大丈夫そうだ」
自分に言い聞かせるように呟き、悠真は少しはにかんでみせた。
この顔が、彼にとって唯一無二の、偽りなき自分を表現するキャンバスなのだ。
立ち上がり、クローゼットへ向かう。
木製のクローゼットの中は、男子の服と女子の服が半々で掛けられている。
左側には、剣介とお揃いで買ったスポーツブランドのTシャツや、流行りのルーズなジーンズ。
右側には、フリルやリボン、レースがふんだんに使われたロリータ風のブラウスや、チェック柄のプリーツスカート。
そして、中央には、彼の学園生活を象徴する一着——白と紺のセーラー服が、ハンガーにかけられ、誇らしげに揺れていた。
悠真は右側の引き出しを開けた。
そこには、色とりどりの女性用の下着が綺麗に畳まれている。
(今日のパンツは、美咲から誕生日にもらったやつ。ちょっと派手だけど、気分が上がるんだ)
フリルとリボンのついた薄い水色のショーツに足を通す。
冷たいナイロンの生地が肌に触れる瞬間、悠真の心臓はいつも高鳴る。
それは、誰にも知られてはいけない、自分だけの秘密を身につける儀式だ。
それに合わせて、繊細なレースのキャミソールを身につける。
そして、いよいよセーラー服。
肩を通し、少しざらついた生地の感触を確かめる。
白い襟と紺色の生地のコントラスト。
胸元には、黒い細いリボンをきゅっと結ぶ。
ネクタイの代わりにリボンを選ぶのは、彼なりのささやかな抵抗であり、自己表現だった。
鏡の前に立ち、全身をチェックする。
鏡の中の自分は、制服がない自由な学校の中で、最も「制服」という型に嵌まりながら、最も異質な存在となっていた。
「よし、今日も完璧!」
悠真は満足げな笑みを浮かべ、くるりと一回転した。
薄いレースのフリルがスカートの裾から覗き、彼がその下に隠している本当の自分を静かに主張しているようだった。
しかし、彼の笑顔の奥には、いつも小さな不安が潜んでいる。
この秘密がいつか露呈し、全てが壊れてしまうのではないかという不安。
(でも、このセーラー服を脱いで、普通の男の子の格好で学校に行くなんて…考えられない。それは、僕の半分を捨てるのと同じだ)
悠真は、セーラー服の襟元にそっと触れ、自分自身を鼓舞した。
重い木製の玄関ドアを開けると、夏の終わりの少し湿った、生ぬるい空気が顔に張り付いた。
アスファルトの匂いと、遠くでかすかに聞こえるセミの鳴き声。
悠真は、自宅を出てすぐに、通学路へと続く緩やかな坂道を歩き始めた。
彼の通う高校は、私服登校が許されているため、生徒たちは個性的なファッションを楽しんでいる。
しかし、その中で、悠真のセーラー服はやはり異彩を放っていた。
彼の背中に、すぐに周囲の生徒たちの視線が集まるのを感じる。
「あれ見て、田中悠真くん。今日もセーラー服だ」
「うわ、可愛いな、やっぱ。あんなに似合う男子、いないよ」
女子生徒たちのひそひそ話が、風に乗って耳に届く。
その声には、好奇心と、わずかな憧れのような感情が混ざっているのが分かる。
悠真は、そんな視線や反応に慣れ、むしろそれを楽しむかのように、堂々と背筋を伸ばして歩いた。
(みんな、僕が男子だって知ってるのに、可愛いって言うんだ。それは、僕の『女』の部分を、彼らが認めているってことだよね…?)
周囲の反応をポジティブに受け取りながらも、悠真の心には、いつも一抹の寂しさがあった。
彼らが褒めているのは、結局のところ、「セーラー服を着た男子」という珍しい存在だ。
本当に「女の子」として見られているわけではない。
学校の門に近づくと、いつも通り、サッカーボールをリフティングしながら悠真を待っている男の影が見えた。
悠真の幼馴染で親友の、剣介だ。
彼は、スポーツバッグを肩にかけ、既に汗ばんだTシャツ姿で、いかにもサッカー部らしい健康的で精悍な雰囲気を纏っている。
剣介はボールをピタリと止め、豪快な笑みを浮かべた。
「おーい、悠真!またセーラー服かよ!校門で待ち合わせしてんだから、せめて今日は私服にしろって言っただろ!」
剣介の声は、通学路に響き渡る。
周りの生徒たちは、二人のやり取りを見て、またクスクスと笑い始めた。
「別にいいじゃん、剣介。制服じゃないんだし、校則違反じゃないんだから。それに、こっちの方が、登校する時のスイッチが入るんだよ」
悠真は少し頬を膨らませて答える。
セーラー服は、彼にとって戦闘服のようなものだ。
剣介はボールを脇に抱え、呆れたようにため息をついた。
「へいへい。気合入ってるのは分かったよ、お嬢ちゃん。けど、お前がいつか女子更衣室に入りそうになるんじゃないかって、俺はヒヤヒヤしてんだぞ」
「失礼な!僕は、男子として行動してるつもりだし!」
悠真はムッとして剣介の手を払い除けた。
剣介はいつだって悠真をからかうが、悠真の女装趣味を笑いの種にする男子たちとは違い、そのからかいの裏には、彼に対する深い理解と温かい友情があることを、悠真は知っている。
剣介といる時だけは、セーラー服を着ていても、「男子」の自分を完全に受け入れられている気がして、安心できるのだ。
二人は並んで校門をくぐる。剣介の隣を歩く悠真は、自分と剣介の体格の差を改めて意識した。
剣介の肩幅は広く、がっしりとしている。
対して自分は、セーラー服の襟に隠れてはいるが、鎖骨が浮き出るほど華奢だ。
(剣介は、いつだって男らしい。でも、僕は…)
ふと、悠真の心に満たされない欠片が刺さった。
「なあ、剣介。今日の放課後、またゲームセンターに行くんだろ?」
「おう!新しい格ゲーが入ったんだってよ。楽しみだぜ!」
剣介は目を輝かせる。悠真も一応、頷いた。
「うん…」
(でも、本当は、剣介じゃなくて、女の子とこうやって笑いながら登校したいんだ。他愛ない話をして、放課後は可愛い雑貨屋さんを覗いたり、甘い香りのするカフェにでも行ったり…)
男子同士の友情は熱く心地よいが、悠真の心は、自分の中の「女子」の部分を理解し、共有できる相手を、静かに、そして切実に求めていた。
このセーラー服が、いつかその願いを叶えてくれることを、悠真は強く願っていた。

制服が無い学校に通ってるのに
あえてセーラー服着てた女性は知ってますが
男性は聞いたことないですね。
幼稚園の制服ならセーラーカラーのやつとかあるし
元々は海兵の制服なので
男が着てても良いと思うんですけどねぇ。。。


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