
「ん……ん?」
朝の目覚めは、なんとなく柔らかくて、なんとなく重い。
特に胸のあたりが、ふわっとしてて、なんか違和感が――
「え?」
跳ね起きた。見たことのない天井。甘い花のような匂い。
布団も、枕も、やたらフカフカで……これは俺の部屋じゃない。
そして、身体。
「……ちょ、ちょっと待て」
胸がある。
しっかりと。ふたつ。やわらかい感触が、確かにそこにある。
これはアレだ。男子高校生にとって、夢か幻かの……いや現実か!?
慌てて鏡を探し、ドレッサーの前に立った。
「……篠原さん!?」
そこには、近所に住んでいる“おばさん”――篠原美智子さん(42)の顔があった。
落ち着いた雰囲気で、町内の清掃当番でも誰よりきれいにホウキを扱う人。
俺の母さんとも知り合いで、よく「翔太くん、しっかりしてて偉いわね~」とか言ってくれてた。
その人の顔が、俺の顔になっていた。
しかも、困惑してる。いや、鏡の中で“俺が”困惑してる。
「どうなってんだよ……!」
とりあえず落ち着け。
パニックになったって、元には戻らない(たぶん)。
俺はゆっくり呼吸して、身体を確認することにした。
腕は細い。肌もつるつるしてる。
髪が長くて、ちょっと動くだけでサラッと肩にかかる。
指も細くて、ネイルがきちんと整えられている。
そして、問題の胸。
いや、見てはいけないと思いながらも、重さと存在感が無視できない。
「……っ! 考えるな、落ち着け俺!」
呼吸するたびに揺れる感覚が、もう、すごい。
下半身も当然違うわけで。けど、そこを確認する勇気はない。
いや、あるけど、あえて封印する!理性の勝利だ!
そんな中、スマホが震えた。画面に「翔太」と表示されている。
――俺、じゃん。
開いてみると、メッセージが並んでいた。
【翔太くんへ】
落ち着いて。たぶん、私たち……入れ替わっちゃったみたい。
私は今、あなたの部屋にいます。
とりあえず、話しましょう。私、あなたの高校の制服を着て向かいます。
「制服!? 俺の体で!?」
なんというか……地味にショックだった。
俺の体、見られてるんだよな。
いや、それよりも、
俺がこの体で学校に行くとか……ないだろ、普通!
とりあえず服を探す。
クローゼットには、上品なワンピース、ブラウス、スカート。
全部“大人の女性”仕様。
「うわー……これ、俺が着るのか……」
白いブラウスとデニムのスカートを選んだ。
袖を通してみると、なんかひんやりしてて気持ちいい。
けど、サイズがぴったりすぎてドキドキする。
ボタンを留める手が震える。
思ったより鏡に映った自分(篠原さん)が色っぽい。
表情が、自然と柔らかくなるんだな……
口元とか目元とか、意識しなくても女っぽくなる。
これが“年齢と性別の力”か……。
スカートはひざ丈で、ふくらはぎが見えてる。
「え……これで外、歩くの!? 太もも見えちゃうじゃん!」
なぜか“自分が見られる”側の視点に立っていることが、ますます混乱を招いた。
ヒール。高い。しかも歩きづらい。
「うわ、ちょっ、まって……バランスおかしい!」
ふらふらしながら外に出ると、隣の家のオジサンがすれ違いざまに「あら、おはよう」と笑いかけてきた。
「お、おはようございます……」
声も、自分のじゃない。
大人の、落ち着いた女の声。
しかも優しい。
自分で言うのも変だけど、ちょっとドキッとした。
俺の声じゃないのに、俺の声って、どういう感覚だよ。
公園を通りかかった時、小学生が「きれいなお姉さんだ!」って言ってた。
……いや、姉さんじゃなくて“おばさん”なんだけど!? それ俺!?
「学校行くの……!? この姿で!?」
自宅の玄関で立ちすくむこと数分。
ブラウスにデニムスカート、ヒールという「篠原さん仕様」の格好。
俺の精神は完全に“男子高校生”のままなのに、見た目だけは大人の女性。
「もしもクラスメイトに見られたら……いや、そもそも誰だお前って話になるし!」
しかし、向こう(俺の体)の篠原さんは、「高校生として授業を受けている」らしい。
しかも既に「寝坊しそうだったから、全力で走ってきたわ!」とかメッセージが来てる。
おい待て、俺の身体で走るな! 足が短くなる! いや、もうなってる!
覚悟を決め、外へ出る。
歩幅が合わないヒールに苦戦しながらも、電車に乗り、どうにか学校近くまでたどり着く。
「頼むから、誰にも見つかりませんように……」
願いは、即座に打ち砕かれた。
「翔太くん、おはよう!」
校門の前で、明らかに見覚えのある少年が手を振っていた。
俺の身体。つまり“今の翔太”。
中身は篠原美智子さん(42)。
学ランが妙に似合っていて、しかも髪が跳ねてる。
寝癖直してくれてない……。
「お、おはようございます……いや、違う! おはよう! ええと……俺!」
混乱しながらとにかく近づく。
「いや~、制服って若返るわねぇ!スカートの方が好きだったけど、これはこれでアリかも!」
笑顔の翔太(中身・篠原さん)は、完全に順応していた。
一方の俺(中身・翔太)は、完全に順応できていない。
「ちょ、マジで俺、今……ヤバいって。この服装で学校来たら――」
「大丈夫よ。保護者ってことにしておいたから。先生にも“ちょっと大人な事情で”って説明済み。今日は見学だけってことでOKしてくれたわ!」
「見学って……俺、不審者扱いじゃない!?」
「まぁまぁ、せっかくなら青春を満喫しましょう? 女の身体ってなかなか面白いわよ?」
ニヤリと笑う“俺”。その顔でそんなこと言うな!
美智子さん(翔太の身体)はすっかり男子高校生に馴染み、教室で男子と談笑中。
一方の俺(篠原さんの身体)は、校舎内を案内される流れになっていた。
案内係の女子が「篠原さんって綺麗ですね~!芸能人ですか?」とか言ってくる。
「い、いや、そんなことは……あはは……(顔が熱い……!)」
緊張で汗がにじむ。
トイレに行きたくなる。
が――。
「篠原さん、女子トイレはこっちです!」
「じょ、女子!?」
女子トイレのドアの前で固まる。
いや、入れないって! 精神的には男子なんですって!
「……でも、もう限界……」
中に入る。ピンク系の内装。清潔。香りも良い。
個室にこもる。
「……ど、どうやるんだこれ……」
パニック。トイレなのに思考が止まる。
なんかスカートが邪魔だし、下着の扱い方もわからんし、鏡に映る姿が恥ずかしいし――
「……無理。心が持たん……!」
人生初の「女性用トイレで精神崩壊」を経験。
昼休み。美智子さん(翔太の体)と屋上で合流。
「ねえ翔太くん、モテるのねぇ。クラスの女子から“今日なんか色気ある”って言われたわよ~」
「そりゃ俺の中身がオバサンだからだろ! おかしい色気の出方なんだよ!」
「でも、嬉しかったわよ? 若い子たちにちやほやされるって、楽しいじゃない」
「……俺なんて、男子生徒に道聞かれただけで赤面したんだぞ……!」
しかもだ。
その生徒、「篠原さん、今日のネイルかわいいっすね!」って……。
いや、見るなよ! 俺、今ネイルのこと考える余裕ないの!
足の爪にまで気を遣ってる篠原さん、すごすぎ!
放課後、校門で再び落ち合うふたり。
どうやらこの“入れ替わり”、夢でも幻でもなさそうだ。
「何か心当たりある?」と訊くと、
「昨日、神社で“若返りのお守り”っての買ったのよ。そしたら……これよ」
「いや、オチ雑すぎない!?」
お守りは今朝バラバラになっていたらしく、戻る手段は不明。
「でも、不思議と後悔してないの。久しぶりに青春を感じられたわ」
「……俺は毎日が思春期地獄だったよ。女子トイレとか……女子トイレとか……女子トイレとか!」
「じゃあ、しばらくこのままってことで?」
「いやああああああああああああああああああああ!!」
いつか出る電子書籍に続く

別人になって通ってた場所を案内される。
普段使わないトイレに案内される。
入れ替わるなんて普通の人は考えないですからね。
むしろすんなり納得してくれたら奇跡かな?
それよりも最初は体がどうなってるか確認すると思いますが
冒頭の話では深く入れない。
そういう展開入れたらいつまでも話が進展しないからね。
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