千尋(ちひろ)は鏡の前でため息をついていた。
フリルのついた可愛い服を着ても、自分の小柄な体型のせいで「子供っぽい」と思えてしまう。身長も低く華奢な自分が嫌だった。
「どうして私はこんなに小さいの……大人っぽくなりたいのに……」
そんなある日、いつものカフェでぼんやりと窓の外を眺めていると、ひときわ目を引く人物が視界に入った。
背の高い男性――いや、女性のような格好をした人だった。
ピンクのブラウスとフレアスカートを着ていたが、その仕草にはどこかぎこちなさがある。
千尋がつい見つめていると、その人物――凌(りょう)が目を合わせてにっこり微笑んだ。
「どうかしましたか?」彼が小首を傾げて聞いてきた。声は優しく、しかしやや高めだ。
「あ、いえ、えっと……その服、似合ってますね」
千尋が慌てて答えると、凌はふわりと笑った。
「ありがとう。でも、やっぱりこういう服、ちょっと難しいのよね。体が大きいと、どこかしっくりこなくて……」
「……わかる気がします」
千尋はつい言ってしまった。自分とは正反対の悩みを持つ彼女(彼)に、不思議と親近感を覚えたのだ。
「私、ずっと自分の体が嫌でね」千尋はため息をつきながら言った。
「小さくて華奢すぎて、何を着ても子供っぽく見えるんです」
「……わたしも、女性らしく振る舞いたくて頑張っているんだけど、この体が大きすぎて、どうしても不自然に見えちゃうのよね……」
凌は軽くスカートの裾をつまみながら答えた。
その仕草すら、どこかぎこちない。
「あなたみたいに、小さくて華奢だったら、自然に見えるのかもしれないなぁ」
千尋はその言葉に少し驚いた。自分が羨まれるなんて思わなかったからだ。
「私はむしろ、あなたみたいに大きくなりたいですよ。高い場所に手が届いたり、堂々として見えたりするの、すごく憧れますから」
「ふふ、案外、お互いにないものねだりなのかもしれないわね」
凌は柔らかく笑ったが、その目にはどこか真剣な光が宿っていた。
「ねえ、もしお互いの体が入れ替わることができたら、どうなるんだろう?」
「入れ替わる……?」
「ちょっとした冒険、試してみたくない?」
数日後、凌の提案で訪れた古い骨董屋で、二人は不思議なペンダントを見つけた。
それは「お互いの体を交換する」という力を持っているという。
店主は「使ったら短期間だけ入れ替われますが、お互いの同意がなければ期限まで解除はできません」と忠告した。
千尋はその言葉に少し不安を覚えたが、心の奥底では新しい自分を試してみたい気持ちが勝っていた。
「うわっ……!」
千尋は目を開けて、自分が見上げるはずの高さに鏡があることに気づいた。
体を見下ろすと、筋肉質で大きな手足が目に飛び込む。
「これが……凌さんの体……?」
一方、凌は千尋の小さな手をじっと見つめて微笑んだ。
「ふふ、これでようやく、自分にしっくりくる体を手に入れた気がするわ……小さくて華奢で、女性らしい……」
体が入れ替わったその夜、千尋と凌は鏡の前でお互いの体を改めて観察していた。
「やっぱり……不思議な気分ですね」千尋は低く響く自分の声に少し戸惑いながら、鏡に映る凌の体を見つめていた。
「これが男性の体……」
一方、凌は細く華奢な千尋の体をじっと眺めて、静かに微笑んだ。
「ほんとに小さくて可愛らしい体ね……女性らしい体つきって、こういうことを言うのね」
千尋が恐る恐る腕を上げたり、胸の筋肉を触ったりしていると、凌がすっと近づいてきた。
「もっと、触って確かめてみたら?」
「えっ、いいんですか?」
「ふふ、大丈夫よ。わたしも、あなたの体をちゃんと見たいもの」
凌は千尋の手を取って、胸板の位置に導いた。
「力強いでしょう? 男性って、やっぱり体の作りが全然違うのよね。筋肉の硬さとか、骨格の大きさとか……」
千尋は頷きながら、指先で慎重に筋肉のラインをたどった。「……すごい、こんなにしっかりしてるんですね」
「あなたの体も、すごく繊細で美しいわよ」凌は千尋の体を鏡越しに見つめながら言った。
「肩が華奢で、肌もきめ細かい……触ってもいい?」
「え、ええ……どうぞ」
凌がそっと千尋の肩に触れると、その軽やかな感触に感動したようにため息をついた。
「やっぱり、女性の体って特別ね……柔らかくて、触れていて心地いいわ」
「……こうやって比べると、本当にお互い正反対ですね」千尋がつぶやくと、凌はくすりと笑った。
「だからこそ、惹かれるのかもしれないわね。お互いが持っていないものを持っているから」
その後、二人は互いの手を取り、指の長さや関節の硬さを比べ始めた。
「指の長さがこんなに違うなんて……驚きです」千尋は凌の長い指を見つめながらつぶやいた。
「でもあなたの手、小さくて可愛いわ。アクセサリーとかも、もっと似合いそう」
さらに、千尋が足元を見下ろすと、凌の体の大きな足に目が留まった。
「この足……私の靴なんて全然入らないですよね」
「逆に、この華奢な足なら、ヒールも楽に履けそうね。ちょっと羨ましいわ」
二人はそんなやり取りをしながら、お互いの体を通して新しい発見を次々に楽しんでいった。
数日間の交換生活がスタートした。
千尋は初めての男性の体に戸惑いつつも、その力強さや便利さに驚かされた。
重い荷物を軽々と持ち上げられるし、電車の中では自然とスペースが広がる。
「これが……男性の体の力……? すごい……こんなに楽なんだ」
一方、凌は女性としての体で過ごすことに喜びを感じていた。
小さな体で可愛い服を着ることに満足し、街を歩く姿には自信が満ちている。
「これよ、わたしが求めていたのは……。やっぱりこの体、最高ね」
日が経つにつれ、千尋の心境は変化していった。
「……元に戻らなくてもいいんじゃないか?」
男性の体で過ごすうちに、女性としての体に感じていたストレスが薄れ、むしろこの体の快適さを手放したくなくなった。
凌もまた、女性としての生活にすっかり馴染んでいた。
「元に戻る必要なんてないわ。だって、この体がわたしにはぴったりだもの」
交換期限が近づいたある日、二人は顔を合わせて本音を話し合った。
「私、このままでもいいと思うんです。むしろ、戻りたくなくて……」
「わたしも同じよ。戻る必要なんてないわ。この体で十分幸せだもの」
二人はその後、古本屋の店主に「交換を永続させる方法」を尋ねた。
そして、その儀式を終えた後、千尋と凌は顔を見合わせた。
「元には戻らない。でも、二人でいればきっと大丈夫」
「これからもよろしくね、凌」
「千尋も、これから一緒だ」
こうして、二人は新しい体を手に入れ、それぞれの望む人生を歩むことを選んだ。
本当に望んでいるなら、性別が交換できる世界があるといいなと思ったり。
まあ、本気で思っていても、やってみるとやっぱ違うとかありますし
かなりデリケートな問題なので難しいですね。
私は男のままでよいです。女性として生きられる自信がないので。
コメント