
「ハァ…ハァ…」
病室の白い天井を見上げながら、ミクは細く息を吐いた。
身体の奥から湧き上がるような倦怠感と、肺の奥を鋭く締め付ける痛みが、彼女の日常だった。
生まれつきの病気で、ミクはまともに学校に通うことも、友達と走り回ることもできなかった。
窓の外に見えるのは、緑のグラウンドで楽しそうにサッカーボールを追いかける少年たちの姿。
ミクは、その光景をいつも羨ましそうに見ていた。
「もし、私もあの場所に立てたら…」
心の奥底でつぶやくその声は、虚しい響きを伴っていた。
彼女の病気は、現代の医療では完治の見込みがないと医師に告げられている。
何度も手術を受け、様々な薬を試したが、身体は次第に弱っていくばかりだった。
生きることに希望を見出せず、ただ時間が過ぎていくのを待つ日々。
それが、ミクの全てだった。
ある日の午後、病室の扉が静かに開いた。
入ってきたのは、見慣れないスーツ姿の男女だ。
「宮沢ミクさんですね。私たちは、SCP財団の者です」
男性が名刺を差し出す。そこには「SCP財団」と書かれている。
ミクは首をかしげた。
聞いたこともない組織だ。
彼らは、ミクの病気について驚くほど詳しく、まるでカルテを読み込んでいるかのように話を進めていく。
「我々が管理する『SCP-291』というオブジェクトが、あなたの病気を治す可能性があります」
女性が優しく語りかける。SCP-291…それは、生物を分解し、個々の臓器や身体部位を無傷で保存、再構成できる機械だという。
にわかには信じがたい話だった。
だが、彼女たちの目は真剣そのもので、ミクの心にわずかな光を灯した。
「嘘…ですよね?」
「いいえ、真実です。私たちは、あなたの身体の病変部位を健康な臓器と交換することで、あなたの命を救いたいのです」
ミクは心臓がドキドキするのを感じた。
それは恐怖ではなく、久しぶりに感じた希望という感情だった。
もしかしたら、もう一度、生きることを夢見ることができるかもしれない。
彼女は、差し出された手を握りしめた。
一方、別の場所では、一人の青年が車椅子に座り、窓の外を眺めていた。
彼の名はハヤト。
かつては、将来を嘱望されたサッカー選手だった。
高校サッカー界では名の知れたストライカーで、彼のスピードとドリブルは誰も止められないとまで言われた。
「あの頃の俺は、最強だと思ってた」
自嘲気味に呟く。不慮の交通事故で脊髄を損傷し、彼の未来は一瞬にして閉ざされた。
下半身は完全に麻痺し、二度とグラウンドを駆け回ることはできない。
絶望し、何もかもを失ったハヤトは、生きる意味を見失っていた。
そんな彼のもとにも、SCP財団の職員が訪れた。
「橘ハヤトさん。我々は、SCP-291というオブジェクトを使って、あなたの神経系を修復できる可能性があります」
ハヤトは彼らの話を冷めた目で聞いた。
これまでも、様々な治療法や怪しい民間療法を試してきたが、どれも効果はなかった。
もう、期待するだけ無駄だと諦めていた。
「どうせ、また希望を持たせるだけだろ。それなら、もう放っておいてくれ」
ハヤトはそっぽを向いた。
しかし、財団の職員は諦めなかった。
「SCP-291は、あなたの麻痺した神経を健康な神経と置き換え、機能を再構築することができます。それは、これまでの医療技術とは全く異なるものです」
彼らが提示した資料には、驚くべき実験データが並んでいた。
損傷した動物の身体が完璧に修復される様子が映し出されている。
ハヤトの心臓が、ドクンと音を立てた。
もし、もしも本当に歩けるようになるなら…もう一度、サッカーボールを蹴ることができるなら…。
「……やる。俺は、やるぞ」
ハヤトの目に、再び炎が宿った。
それは、失った未来を取り戻すための最後の賭けだった。
そして、二人はSCP財団の秘密施設で出会うことになる。
白い壁と冷たい空気に満ちた廊下を、車椅子に乗ったハヤトが進んでいく。
彼の前を、看護師に付き添われたミクがゆっくりと歩いていた。
「…あの」
思わずハヤトが声をかける。
ミクが振り返ると、ハヤトは少し顔を赤くした。
画面越しで見た彼女は繊細で儚げに見えたが、実物はもっと美しかった。
「君は、ミクさんだよね?俺は、ハヤト。よろしく」
ハヤトの明るい声に、ミクは微笑んだ。
「はい。私はミクです。ハヤトさんのことは、事前に聞いていました」
二人は、それぞれの事情を財団から知らされていた。
ミクはハヤトの健康的な身体に羨望を抱き、ハヤトはミクの弱々しい身体に心を痛めた。
「君の病気、必ず治るってさ。すごいね」
ハヤトは、無邪気な声で言った。ミクは複雑な感情で彼を見つめた。
「ハヤトさんも、また歩けるようになるんでしょう?…サッカー、またできるといいですね」
その言葉は、ハヤトの心を深く突き刺した。
歩けない自分にとって、サッカーはもう二度と手が届かない夢だ。
ミクの言葉は、まるで自分の絶望を突きつけられているかのようだった。
しかし、同時に、彼女の優しさが胸に響いた。
「ああ、もちろんだ。俺は、必ずまたグラウンドに戻る。…約束するよ」
ハヤトは、力強く答えた。彼の言葉に、ミクは安堵の表情を見せる。
「私も、自分の病気が治ったら…たくさんの場所に行ってみたいです」
二人は、互いの希望を胸に、実験の日を待つことになった。
それぞれの人生の絶望と、SCP-291がもたらす一筋の希望。
それは、まだ見ぬ未来へと繋がる、長い物語の始まりだった。
数週間後、ミクとハヤトはSCP-291が設置された研究室にいた。
部屋全体が静寂に包まれている。
実験の準備はすべて整い、二人の心臓は緊張と期待で高鳴っていた。
ハヤトは、車椅子から立ち上がって歩く自分を想像し、ミクは、病気の苦しみから解放されて自由に駆け回る姿を夢見ていた。
だが、実験にはもう一人、参加者がいた。
彼は、脳死状態のドナー。
不慮の事故で脳に回復不能な損傷を負ったが、身体は健康そのものだった。
財団は、このドナーの健康な神経系や臓器を、ミクとハヤトの身体に移植する計画を立てていたのだ。
「準備はいいですか、ミクさん、ハヤトさん?」
財団の主任研究員であるサカキ博士が、二人に問いかける。
彼の声は落ち着いていたが、その奥には張り詰めた緊張感が感じられた。
「はい、大丈夫です」
ミクは、震える声で答える。
ハヤトは無言で頷いた。
三つの転送プラットフォームが並んでいる。
ミク、ハヤト、そしてドナーの身体が、それぞれカプセルの中に横たわる。
「システム、起動!」
博士の号令とともに、カプセル全体が淡い青白い光に包まれた。
ミク、ハヤト、ドナーの身体は、まるで粒子に分解されていくかのように、徐々に透けていく。
視界がぼやけ、感覚が曖昧になり、やがて何も感じなくなった。
意識が遠のき、どれくらいの時間が経っただろうか。
再び感覚が戻ったとき、ハヤトはまず、全身を締め付けるような、信じられないほどの息苦しさを感じた。
肺に満ちるはずの空気が、どうしてか十分に吸い込めない。
身体は鉛のように重く、動かすことさえ億劫だった。
「ハァ…ハァ…」
ハヤトは浅い呼吸を繰り返しながら、ゆっくりと目を開けた。
目の前には、ぼんやりと自分の姿が映っている。
ガラス張りのカプセルだ。
そこに映る自分は、女性の顔をしていた。
ハヤトは、その違和感に気づき、頭の中が真っ白になった。
自分の腕を見つめる。
それは、細く、華奢で、血色の悪い腕だった。
そして、カプセルを覆うガラスに反射した自分の姿を、ハヤトは呆然と見つめた。
そこに映っていたのは、病弱なミクの顔だった。
「…うそだろ…」
ハヤトは、かすれた声で呟いた。
彼の声は、女性の、弱々しい声だった。
隣のカプセルには、信じられないほど健康になった自分の身体があった。
しかし、その顔は無表情で、ハヤトはそこに自分の意識がないことを本能的に悟った。
「これは…予期せぬ事態だ。全身の再構成が行われ、意識と肉体が入れ替わってしまったようだ…!」
サカキ博士の言葉が耳に入る。
だが、ハヤトの意識は、ミクの身体に囚われていた。
彼は、自分の置かれた状況をすぐに理解した。
「入れ替わった…僕たち、入れ替わってしまったんだ…!」
ハヤトは、絶望のあまり、床に膝をついた。
軽い動作をするだけでも息が切れ、身体が鉛のように重い。
彼は、ミクがどれほどの苦痛を耐え忍んできたのかを、たった数分で理解した。
「どうしてくれるんだ…!せっかく治るはずだったのに…!この体じゃ…この体じゃ、俺はもう…!」
ハヤトの言葉は、彼の胸に深く突き刺さった。
彼の希望は、永遠に閉ざされてしまったのだ。
その一方で、ミクは全く異なる感覚を味わっていた。
意識が戻ったとき、まず感じたのは、全身を貫くような、信じられないほどの軽さだった。
身体が重力から解放されたかのように軽やかで、呼吸をするたびに肺いっぱいに新鮮な空気が満たされる。
今まで経験したことのない感覚だ。
ミクは驚き、目を開けた。
目に映ったのは、自分の身体ではない。
筋肉がしっかりついた、がっしりとした腕。
鏡をのぞくと、そこに映っていたのは、ハヤトの精悍な顔だった。
「…うそ…」
ミクは、自分の声が男性の低い声になっていることに気づき、驚きで固まった。
しかし、彼女の心に恐怖はなかった。
それよりも、湧き上がる喜びの方が大きかった。
「立てる…!私の足で…」
ミクは、震える足で一歩を踏み出した。
それは、彼女の人生で初めて、自力で踏み出した一歩だった。
身体の奥から力が湧き上がり、ミクは感極まって涙を流した。
隣のハヤト(ミクの身体)が絶望していることには気づかず、ただ新しい身体の自由を噛みしめていた。
こうして、二人の運命は、SCP-291の予期せぬ誤作動によって、完全に逆転してしまった。
自由な身体を手に入れたミクと、病弱な身体に閉じ込められたハヤト。
彼らの新しい生活が、今、始まろうとしていた。

あんまり上手くイラストと話が繋がらなかったな。。。
SCP-291は生き物を解体して繋ぎ直す能力を持っているようです。
↓元ネタはこちら 詳しくはSCP財団のことを見てみてください。
そもそもSCPとはという話ですが、ざっくり
『自然法則に反した異常な物品・存在・現象・場所など』
というものみたいです。
こういうネタを話に組み込むのも楽しいですね♪
うちみたいに男女入れ替わりと女装に限定しなければ
もっと幅広いネタに使えそうなので、気になったら調べてみてください♪
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