
その夜、夏祭り特有の熱気と喧騒が、神社の境内に渦巻いていた。
提灯の柔らかな光が夜空に浮かび、賑やかな屋台の香りが風に乗って運ばれてくる。
高校生の悠真は、友人たちと冷やかし半分に見て回っていたが、人混みに疲れて一人、神社の裏手に続く小さな参道を歩き始めた。
石段を数段上がると、そこにはひっそりと佇む古い祠があった。
苔むした石畳の奥に、古びた姿見が置かれている。鏡は薄暗い夜にもかかわらず、どこか妖しく光を放っていた。
その不思議な光景に、悠真は思わず手を伸ばす。
同じ頃、この町で暮らす主婦の沙織もまた、祭りの喧騒を避けるように同じ参道を歩いていた。
娘が友人と出かけてしまい、夫は単身赴任中。
一人きりの祭りは、どこか寂しさを感じさせた。
ふと、見慣れない祠の前に、若い男の子がいるのが目に入る。
彼が鏡に手を伸ばそうとしているのを見て、沙織は何か得体の知れない不安を感じ、彼を呼び止めようと声を張り上げた。
「あ、ちょっと待って…!」
その声が届くより早く、空が突如として稲光に引き裂かれた。
轟音とともに、雷がすぐ近くの御神木に落ちる。
閃光が祠を包み込み、次の瞬間、悠真と沙織の視界は真っ白になった。
気づけば、悠真はふかふかの布団の上にいた。
しかし、見慣れない天井、そしてなぜか身体がずしりと重い。
隣に置かれた化粧台の鏡を覗き込み、悠真は絶叫しそうになった。
鏡の中には、見知らぬ女性が映っている。
三十代半ばだろうか、顔には薄く小じわが浮かび、首筋もたるんでいる。
何より、彼の顔ではない。
「なんで…なんで俺が女に…?」
慌てて身体を起こそうとするが、まるで自分の身体ではないかのように動きがぎこちない。
ふくらはぎや腰が重く、関節がきしむような感覚に襲われた。
着慣れないパジャマの下には、初めて感じる感触があった。
「なんだこれ…胸だ…!ブラジャー…?」
悠真は青ざめ、パジャマをめくった。
そこには、確かに女性の身体があった。
そして、その身体は自分の身体ではないことを確信した。
彼は動揺しながらも、この信じられない状況を受け止めようとする。
一方、沙織は自分の部屋で目を覚ました。
だが、見慣れた天井ではなく、壁にはロックバンドのポスターが貼られている。
身体も、なぜかやけに軽くて硬い。
恐る恐る布団から這い出すと、目の前に広がるのは、男の子の部屋だった。
散らかった漫画やゲーム、そして、鏡に映る自分の姿に、沙織は声を失った。
鏡の中にいたのは、自分よりずっと若い、男子高校生。
黒髪に、少し眠たげな目をした、あの祭りで見た男の子だった。
「嘘でしょう…?私が…男の子に?」
沙織は自分の頬を触ってみる。
ざらりとした肌、硬い骨格。
そして、身体の軽さに驚く。
まるで羽が生えたかのように、軽々と動ける。
しかし、下着を覗き込み、男性器の存在に気づくと、沙織は頭が真っ白になった。
その日から、悠真の「おばさん」としての、沙織の「男子高校生」としての奇妙な生活が始まった。
悠真はまず、自分の身体の異変に戸惑った。
朝起きて洗顔する際、頬のたるみや目の下の小じわに気づき、鏡を見るたびにため息をつく。
腰の重さからくるだるさに、朝からぐったりしてしまう。
そして、何よりも耐え難いのが、女性用の下着だ。
締め付けられるようなブラジャーの不快感に、何度もこっそり外そうとしたが、沙織の記憶がそれを許さなかった。
「ああもう、なんでこんなに重いんだよ…!」
一方、沙織は、初めての男子高校生としての生活に振り回されていた。
朝食も用意されていて、学校へ行く。
制服を着て、リュックを背負うという、自分の若い頃にはなかった生活スタイルに、戸惑いを隠せない。
しかし、最も困惑したのは、同級生の男子たちとの会話だ。
ゲームの話やアイドルの話についていけず、次第に浮いた存在になっていく。
お互いの生活に慣れないまま、二人の奇妙な日々は幕を開けたのだった。
悠真の「おばさん」生活は、まさに苦難の連続だった。
まず、家事だ。
沙織の身体に入った彼は、朝から食事の準備をすることになった。
しかし、普段はカップ麺しか作らない彼にとって、料理は未知の領域だ。
味噌汁のダシの取り方も、魚の焼き加減もわからない。
結果、塩辛い味噌汁と焦げた鮭が食卓に並んだ。
「お母さん、今日のご飯、なんか変だよ…」
沙織の娘、美咲の言葉に、悠真は肩を落とす。
近所付き合いも一苦労だった。
町内の婦人会の人たちとすれ違うたびに、満面の笑みで挨拶をされる。
「あら、奥さん、おはようございます。今日は元気そうですね!」
「あ、あはは…はい、おかげさまで…」
当たり障りのない返事を返すのが精一杯だ。
おばさんの知り合いが多すぎる!と内心うんざりした。
身体の不調も、彼を悩ませた。
庭の草むしりを手伝おうとしゃがみ込んだ瞬間、腰にピキリと痛みが走った。
立ち上がろうとしても、まるで鉛でも入っているかのように身体が重く、なかなか立ち上がれない。
「うわっ…なんだこれ…腰が痛い…!」
その様子を見ていた近所のおばさんが、心配そうに声をかけてくる。
「あら、奥さん、無理しちゃだめよ。歳なんだから、ゆっくりね」
「とし…?いや、まだ俺、高校生だし…」
そう言いかけたところで、慌てて口を閉じた。
彼は今、「おばさん」なのだ。
そして、最も悠真を困惑させたのが、自身の身体の変化だ。
風呂に入るたびに、そのむっちりとした体型と、垂れ下がった胸に赤面する。
女性下着を身につける際も、慣れない感触に何度も戸惑った。
特に、補正下着というものを初めて目にしたときは、その締め付け感に「こんなもの毎日つけてるのか…」と、女性の苦労をまざまざと知ることになった。
ある日、沙織のアルバムを見つけた。
そこには、若い頃の沙織が映っていた。
スリムな体型、引き締まった肌、生き生きとした笑顔。
今の自分の身体とはかけ離れた姿に、悠真は複雑な感情を抱いた。
「この人が、俺の体の中にいるのか…」
おばさん体験は、彼にとってただのコメディではなかった。
腰の痛み、家事の重労働、そして身体の老い。
今まで当たり前だと思っていた「若さ」が、どれだけ恵まれたものだったのかを痛感した。
沙織の「男子高校生」生活も、戸惑いの連続だった。
学校へ行くと、彼女はまず教室の空気に違和感を覚えた。
自分の知っている「高校」は、もっと華やかで、恋愛話で盛り上がる場所だった。
しかし、目の前にいる男子たちは、ゲームやアニメの話ばかりで、沙織にはまるで外国語のように聞こえる。
「なあ、このゲームのキャラ、最強じゃね?」
「いやいや、それよりこの動画、ヤバいって!」
沙織は会話についていけず、次第にクラスで浮いた存在になっていった。
しかし、持ち前の大人の知恵と経験が、彼女を助けた。
ある日、クラスメイトの宿題を見てあげると、彼は驚くほど素直に感謝してきた。
「すげー!先生よりわかりやすい!」
さらに、クラス委員の仕事で困っている女子を見つけると、積極的に手伝った。
彼女は沙織の的確なアドバイスと落ち着いた対応に、次第に心を許していった。
「…なんか、話しやすいかも。ありがとう」
沙織は、若い体での生活に驚くことばかりだった。
体育の授業では、軽々と跳び箱を飛び越え、マラソンでも息が上がらない。
「え…こんなに体が動くの…?」
しかし、若さゆえの悩みにも直面した。
夜、自分の部屋で一人になったとき、鏡に映る「男の子」の身体を前に、沙織はふと、悠真の「思春期の悩み」に直面した。
「彼には、こういう悩みがあるのね…」
それは、自分の若かった頃には知らなかった、思春期特有の「重さ」だった。
将来への不安、友達との関係、そして、異性への意識。
大人になるにつれて忘れてしまった、心の揺らぎを、沙織は彼を通して知ることになった。

若い頃の悩みなんて今はどうでもいいけど。
それでも昔は色々と悩んではいましたね。
あと、30歳超えてから一気に身体が動かなくなりました。
運動は定期的に取り入れないと危険。
ついでに、女装は若ければ若いほど楽しめます。
いい歳してても、セーラー服とか着てますけど。
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