
春の雨上がり、桜の花びらが路地裏の空気を優しく包んでいた。
優真はいつもの帰り道を少し外れ、ふと目に入った小さなアンティークショップの扉をくぐった。
「……Rosa Antiqua?」
店内はどこか幻想的で、レースやビスクドール、ヴィクトリアン調の家具に囲まれていた。
その奥、飾られた一枚の姿見の前に、彼女はいた。
長い栗色の髪を結び、淡いグレーとピンクのフリルをまとったロリータファッションの少女。
彼女の佇まいは人形のように整っていて、だけど瞳はとても生き生きとしていた。
「こんにちは……あなたも、服が好きなの?」
その声は柔らかく、空気に馴染むようだった。
「あ、うん……俺、服飾の専門学校に通ってて……。偶然見つけて、入ってみたんだけど」
「ふふ、偶然なんて、案外導きかもね」
そう言って少女は微笑んだ。
その一瞬、目が合っただけで、優真の胸に柔らかい衝撃が走った。
目が覚めると、世界は変わっていた。
「……? 鏡……」
優真が鏡を見ると、そこには自分ではない、ルイの姿が映っていた。
フリルに包まれた細い体、繊細な輪郭、大きな瞳——
「う、嘘……なんで俺が、ルイになって……?」
そしてドアが開き、自分の姿をしたルイが入ってくる。
「おはよう。びっくりした?」
「びっくりってレベルじゃない! どうして俺たち……入れ替わってるんだよ……!」
「鏡。あの店の姿見、たまに変なことを起こすの。私も昔、触ったとき……見たの。違う自分の姿。もしかしてって思ってた」
優真は動揺しながらも、なぜかルイの目を見て責めきれなかった。
彼女の目はどこか、寂しそうだったからだ。
ルイの家は古い洋館のような家で、重いドアと高い天井が特徴だった。
優真はその中で、彼女の母と初めて対面する。
「お母さん、行ってきます」
ルイとして発したその言葉に、母親は振り向くこともなく言った。
「その格好で外に出るの? みっともないわよ。まだやってるのね、そんな子どもじみた服」
グサリと刺さる言葉だった。
「……私は好きだから」
精一杯の声で答える。
だがその声は震えていた。
母親の背中はピクリとも動かず、返事もなかった。
「これが……ルイの日常なんだな」
優真の胸に、重苦しい気持ちが広がった。
その日、ルイとして出かけた優真は、ルイの親友・美琴と会う約束があった。
「ルイ、久しぶり! 今日も可愛いね」
「う、うん……ありがとう」
(えっと……あれが美琴か。自然に会話できるか……?)
「元気なかった? なんか、いつもより口数少ない気がするけど」
「え? あっ……ちょっと寝不足で」
「あはは、それならいいけど……。昨日、お母さんとまた何かあったの?」
「……うん、ちょっとね」
自分の中で何かが解けたように、優真は正直に打ち明けていた。
まるで本当にルイになったような、不思議な感覚。
「美琴……ルイは、いつも君に助けられてるんだね」
「え、なにそれ。改まって言うと照れるじゃん」
笑いながらも、美琴の瞳には深い友情が宿っていた。
その日の午後、優真は鏡の前で服を選んでいた。
レースのブラウス、リボン、パニエ。
(……俺がこれを選んで、着たいと思ってる)
違和感は確かにあった。
だけど、それ以上に心が躍っていた。
優真は“かわいい”という価値に、少しずつ魅了されていた。
「かわいい服は、弱さを隠すためじゃなくて、自分を表す武器なんだ……」
心からそう思えた瞬間だった。
その夜、ルイ(優真の姿)と再び顔を合わせた。
「どうだった? 私として過ごした一日」
「……簡単じゃなかった。でも、楽しかった。ルイがどれだけ強いかも、わかった気がする」
「強い……そんなふうに見えてたんだ」
「うん。母親に否定されても、自分の“好き”を貫くって、すごいことだと思う」
ルイは微笑み、目元を少し潤ませた。
「優真くんの一日も、聞かせてほしい」
「うん。男として見られるのも、案外息苦しいのね。何も言われなくても、“普通”を期待されてる感じがしてさ」
「ふふ、それ、ちょっとわかるかも」
翌朝、姿見の前で再び目を合わせた二人。
「……ありがとう。君の世界に触れて、俺も変われたと思う」
「私も。優真くんが私を演じてくれて、なんだか救われた気がした」
鏡が淡く光り、二人は元に戻った。
一ヶ月後、優真は自分のデザインを展示する発表会に出展した。
テーマは、《Échange(エシャンジュ)/交差点》
“男でも、女でも、自分らしく装える世界”
ステージに現れたモデルたちは、性別も年齢もばらばらだった。
そして、最後に現れたのは——ルイだった。
淡いグレーと桜色のドレス。
あの日、彼女が着ていた服をモチーフに、優真が新たに仕立てた一着だった。
観客の拍手の中、ルイと優真の視線が重なった。
それは二人だけに通じる、静かで温かな“かわいい”の意味だった。

可愛いとか綺麗とか、女性向けの褒め言葉になりやすいですが
男でも言われたら嬉しいてすよ♪
まあ、言われませんけどねw
続き ここからはただの恋愛もの
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