
高遠 悠(たかとお ゆう)は、高校二年の教室で、いつも通りの喧騒の中心にいた。
「悠!今日の放課後、ストリートコート行けるか?新技試したいんだ!」
「おう、いいぞ健太!でも三時半から練習なんだから、それまでにな。」
健太の肩を小突いて笑うと、クラスメイトたちがどっと笑った。
身長180cm、引き締まった体躯はバスケ部のエースとしての貫禄があり、彼の快活な笑顔はクラスの太陽のようだった。
そんな悠の斜め前、窓際の席に座るのが、結城 望(ゆうき のぞみ)だ。
望は、常に誰にも気づかれないように存在しているようだった。
成績は優秀だが、発言は少なく、黒いセミロングの髪がいつも少し俯いた顔を隠している。
着ているのは地味なブラウスに落ち着いた色のカーディガン。
周囲の女子グループの華やかなファッションからは浮いていた。
(あいつ、今日も本読んでるな。何を考えてるんだか)
悠はふと視線を向けた。
望は、周囲の騒ぎとは無関係とばかりに、分厚い文庫本に目を落としている。
彼女の横顔は静かで、どこか寂しげに見えた。
「おい、悠。また結城のこと見てんのか?」
健太がからかうように耳打ちしてきた。
「見てねえよ!ただ、静かだなって思っただけだ。クラスで一番うるさいのが俺たちだからさ。」
「へえ、優しいな。お前、ああいう子にもモテるんだから、たまには声かけてやれよ。」
「余計なお世話だ!」
悠は口ではそう言ったが、実は少しだけ、望のことが気になっていた。
彼女の持つ、周囲とは一線を画した静かな空気が、なぜか悠の心に小さな漣(さざなみ)を立てるのだった。
その日、バスケ部の練習を終え、汗だくになった悠は、帰り道にある小さな神社へ立ち寄った。
境内はひっそりとしていて、薄暗い夕暮れ時だ。
ここは彼が幼い頃から、練習で疲れた時や気分を落ち着かせたい時に訪れる場所だった。
「ふう……」
石段に座り込み、息を整える。
その時、ポケットから小さな袋が滑り落ちた。
それは、祖母にもらった古いお守りだった。
紐が擦り切れかけていて、中身が何かもわからない、ただの古い布切れだ。
「やべ、落とすところだった」
悠がお守りを拾い上げようとした瞬間、神社の入り口から、誰かが上がってくる気配がした。
「――あっ」
そこに立っていたのは、他でもない結城 望だった。
彼女は小さな布製のバッグを抱え、悠の姿を見てびくりと立ち止まった。
「お、結城。こんな時間に珍しいな。ここ、知ってたのか?」
悠は立ち上がった。
「た、高遠くん……。あ、はい。この近くに、少し気になる場所があって……」
望は目を伏せがちに答えた。
「へえ。そうか」
気まずい沈黙が流れた。
悠は、どうして彼女と二人きりになると、いつもこんなに言葉が出てこないのか不思議だった。
「あの……高遠くん、もしかして、それを探していましたか?」
望が指さしたのは、悠がうっかり地面に落としていた、あの古いお守りだった。
彼女はそっと手を伸ばし、それを拾い上げる。
「ああ、ありがとう。大事なやつなんだ」
悠がお守りを受け取ろうと手を差し出した、その刹那――。
ゴオォォォォ……!
突如、木々を揺らす猛烈な突風が吹き荒れた。
夕焼けで暗くなっていた空が、一瞬、強烈な金色の光で満たされた。
二人の手が、お守りを挟んで触れ合った。
古い布のお守りは、熱を帯びたかのようにチカチカと光を放った。
「な、なんだこれ……!」
悠は目を閉じた。
「きゃ……!」
望の小さな悲鳴。
光は二人の全身を包み込み、そして、数秒後には何事もなかったかのように消え失せた。
悠は、強風に煽られながらも体勢を立て直した。
「大丈夫か、結城!?なんだったんだ今の風は……」
隣を見ると、望は石段に座り込んで、呆然とした顔で地面を見つめていた。
「……はい。ごめんなさい、なんでもないです」
彼女は立ち上がり、そそくさと頭を下げて去っていった。
その背中は、いつもよりずっと小さく、揺れているように見えた。
悠は、触れた手がじんじんと痺れているのを感じながら、不安げに空を見上げた。
翌朝。
悠は、目覚まし時計の電子音ではなく、腹部の違和感で目を覚ました。
(……なんか、身体が軽い?)
いつもの力強い感覚がない。
まるで、羽根のようにフワフワしている。
布団の中で手足を動かしてみるが、指先まで細く華奢な感触。
そして、視界に入った自分の手首は、いつもの日焼けした自分のそれとは違い、雪のように白い。
「……え?」
悠は反射的に跳ね起きた。
ドクン、ドクン。
心臓が激しく脈打つ。
彼は、枕元に置いてあったスマートフォンを手に取り、画面をインカメラに切り替えた。
映し出されたのは、自分では、なかった。
茶色のセミロング。大きな瞳。幼さを残した顔立ち。
顔色は少し青ざめているが、誰もが可愛いと認める、少女の顔。
そして、着ているのは、いつも着慣れたスウェットではなく、柔らかな肌触りのドット柄の長袖パジャマだった。
「うそだろ……」
悠は、声を出そうとした。
だが、出てきたのは、自分の低い声ではなく、甲高い、女の子の声だった。
「えぇええええっ!?」
あまりのことに、悠は、思わず両手で口を塞いだ。
華奢な腕、細い指先。
胸元に感じたのは、確かな柔らかい膨らみ。
彼は、全身に走った電気のようなショックに耐えながら、ゆっくりとベッドから降り、備え付けの鏡の前に立った。
そこにいたのは、間違いなく結城 望だった。
(なんで……オレが、結城に……?)
悠は、自分がバスケ部のエース・高遠悠であることを知っている。
しかし、鏡に映っているのは、内気なクラスメイト・結城望の姿だった。
そして、彼の脳裏にフラッシュバックしたのは、昨晩、神社で望と触れ合った瞬間の、あの強烈な金色の光だった。
「まさか……入れ替わった……のか?」
理解の範疇を超えた事態に、悠は呆然と立ち尽くした。
そして、ふと、一つの疑問が頭をよぎった。
(じゃあ、今の俺の身体は――あの結城が入ってるのか……?)
自分の身体に入った望。
その想像は、パニックをさらに加速させた。
「待てよ、オレの身体、バスケ部の練習どうするんだ!?風呂は!?トイレは!?やばい、とにかくあいつに会わねえと!」
悠は、パニックを理性で押さえつけ、ひとまず制服に着替えることにした。
望のスカートに足を通し、ソックスを履き、慣れないブラウスのボタンを留める。
(くそっ、このスカート落ち着かねえ……。歩くたびにヒラヒラしやがって。女子って毎日こんな格好してるのか!?)
鏡に映る『結城望』は、戸惑いと焦燥に満ちた表情を浮かべていた。
それは、いつもの望からは想像もできないほど、必死な顔つきだった。
とりあえず学校へ。
あいつなら、きっとオレの家じゃなくて自分の家から登校してるはずだ。
悠は、望の体で、見慣れないはずの望の家を飛び出した。
向かうは、自分の日常があった場所。
そして、自分の身体を持つ、『もう一人の自分』の元へ。

スポーツばっかの男子だと、女性の服ってどう感じるんですかね?
個人的には着るまでは抵抗しつつも
着た後はいつも通りに動いてそう。
シュート打てるのかな?


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