
「はぁ……ついに買っちゃったな」
佐藤健太は、パソコンの画面に映る自分の姿に、思わずため息をついた。
オンライン通販で衝動的に購入したチャイナドレスが、彼の部屋の照明の下で、どこか場違いに輝いている。
健太は身長175cm、平均的な体格の30歳だ。IT企業で働く彼は、普段はTシャツとジーンズといったラフな格好を好む。
そんな彼が、なぜ女性物の、しかもこんなに鮮やかなチャイナドレスに惹かれたのか、自分でもよくわからなかった。
数週間前、SNSで偶然見かけた女装男子の投稿が、健太の心に小さな火を灯した。
彼らの着こなしやメイクの美しさ、そして何よりもその変身を楽しんでいる様子に、健太は目を奪われたのだ。
「なんだか、面白そうだ」
軽い好奇心から始まったそれは、やがて「自分も試してみたい」という抑えきれない衝動へと変わっていった。
初めて袖を通したチャイナドレスは、彼の想像以上に体にフィットした。
シルクのような滑らかな生地が肌に触れる感触、華やかな花柄と蝶の刺繍が施されたデザイン。
それは、普段の彼の生活にはない、全く新しい刺激だった。
「うーん……悪くはない、かな?」
鏡の中の自分を見つめながら、健太は首を傾げた。
ドレス自体は素敵だ。
だが、その下に隠しきれない男らしい骨格や、無骨な顔立ちが、どうにもちぐはぐな印象を与えている。
「これじゃあ、ただ男が女物の服を着てるだけだ」
健太は、自分の腕をまじまじと見つめた。
筋トレはしていないものの、やはり男性特有の太さがある。
ドレスの半袖から伸びるその腕は、華奢な女性のイメージとは程遠かった。
「やっぱり、メイクとかも必要だよな……」
健太は再びため息をついた。
服だけでは、この「違和感」を拭い去ることはできない。
しかし、メイクなど自分には縁のないものだ。
どこから手をつけていいのか皆目見当がつかない。
数日後、健太は意を決して、大学時代からの友人である田中美咲に連絡を取った。
美咲は美容系の専門学校を卒業し、現在はフリーランスでメイクアップアーティストとして活躍している。
美意識が高く、トレンドにも敏感な彼女なら、きっと助けになってくれるだろうという、藁にもすがる思いだった。
「え?健太が女装?マジで言ってるの?」
カフェで健太の告白を聞いた美咲は、目を丸くして驚いた。
しかし、すぐに楽しそうな表情に変わり、「面白いじゃない!健太の新しい一面、見てみたい!」と快諾してくれた。
健太は、美咲のあっけらかんとした反応に、ホッと胸をなでおろした。
同時に、これまでの緊張と恥ずかしさが一気に押し寄せ、顔が赤くなるのを感じた。
週末、美咲が健太の部屋にやってきた。
メイク道具を広げた美咲は、真剣な眼差しで健太の顔を観察し始めた。
「んー、健太は骨格がしっかりしてるから、いかに女性らしい丸みを出すかがポイントね。あと、眉毛もちょっと太いから整えようか」
美咲は手際よく健太の顔に下地を塗り、ファンデーションを重ねていく。
ひんやりとした感触が心地よく、健太はされるがままになっていた。
「わ、すごい……!」
アイラインが引かれ、マスカラが塗られるたびに、鏡の中の自分の目がどんどん大きく、印象的に変わっていく。
普段は無頓着だった眉毛も、きれいに整えられ、顔全体の印象が柔らかくなった。
そして、最後に塗られたリップグロスが、健太の唇に艶やかな色を与えた。
「どう?健太、美人さんになったじゃない!」
美咲が満足げに微笑んだ。
鏡の中には、見慣れない「女性」が立っていた。
確かに、完璧な美少女というわけではない。
まだどこか、健太らしさが残っている。
しかし、服だけだった時とは比べ物にならないほど、その姿は「女性」に近づいていた。
「す、すごい……美咲、ありがとう!」
健太は感動で声が震えた。
こんなにも自分が変われるなんて、想像もしていなかった。
美咲は健太の感激ぶりに、嬉しそうに笑った。
「まだまだよ。あとは、このチャイナドレスね。せっかくだから、ちょっと着替えてみてよ」
健太は再びチャイナドレスに袖を通した。
メイクをした顔と、華やかなドレス。
その相乗効果は絶大だった。
部屋の照明が、まるでスポットライトのように感じられる。
「どうかな……?」
健太は、恐る恐る美咲に尋ねた。
「うん、すごく良い!健太、意外と似合うね。ただ……」
美咲の視線が、健太の腕に止まった。
「やっぱり、腕がちょっと……」
美咲は言葉を選びながら言った。
「でも、これはもう、ボディメイクでカバーしていくしかないかな。あとは、ポージングとか、小物で工夫できることもあるけど」
健太は美咲の言葉に、内心で深く頷いた。
やはり、腕の太さは、この変身において一番の課題だった。
しかし、今の健太は、以前のような絶望感は抱いていなかった。
むしろ、「もっと良くなるはずだ」という、ポジティブな感情が湧き上がっていた。
「ねぇ、健太。せっかくだから、この格好で外に出てみない?」
美咲が、とんでもない提案をしてきた。
「え!?そ、そりゃ無理だよ!恥ずかしいし、誰かに見られたら……」
健太は慌てて拒否した。
しかし、美咲はニヤリと笑った。
「大丈夫だって!このメイクとドレス、家の中だけで終わらせるのはもったいないよ。ほら、ちょっと近所の公園までなら、いいじゃない。人通りもそんなにないし」
美咲の言葉は、健太の心にじわじわと響いた。
確かに、せっかくここまで準備したのだ。
この姿を誰にも見られないまま、部屋の中だけで満足するのは、どこか物足りない気がしていた。
それに、美咲が一緒なら、少しは心強い。
「わ、分かった……じゃあ、ちょっとだけ、だよ?」
健太は、半ば衝動的に美咲の提案を受け入れた。
美咲は満面の笑みを浮かべ、健太の手を引いた。
「やった!じゃあ、行こうか!」
マンションのエントランスを出て、一歩外に出た瞬間、健太は心臓が口から飛び出しそうになった。
春の穏やかな陽光が、彼のチャイナドレスに降り注ぐ。
風が吹くたびに、スカートの裾がふわりと揺れた。
「……っ!」
全身に、これまで感じたことのない感覚が走った。
それは、開放感と、同時に強烈な羞恥心だった。
行き交う人々が、自分に視線を向けているような気がして、健太は俯き加減になった。
しかし、美咲が隣で楽しそうに歩いているのを見て、少しだけ気持ちが落ち着いた。
「大丈夫だよ、健太。誰もそんなに見てないって」
美咲の声が、健太を安心させた。
確かに、意識してみると、人々は皆、自分のことに夢中で、健太のことなど気にも留めていないようだった。
少しずつ、健太は顔を上げ、周囲の景色に目を向けた。
桜並木の公園は、春の優しい光に包まれている。
満開の桜の花びらが風に舞い、まるでピンク色の雪のようだった。
健太は、美咲と手をつなぎ、公園の中をゆっくりと歩いた。
美咲は健太の緊張を和らげるように、楽しそうに話しかけてくる。
「ねえ、健太。このチャイナドレス、桜のピンクとすごく合ってるね!春って感じ」
「そ、そうかな……」
「うん!とっても素敵だよ。ほら、そこの石灯籠の前で写真撮ろうか!」
美咲に促されるまま、健太は石灯籠の前に立った。
美咲がスマホを構え、シャッターを切る。
その瞬間、健太は、これまでの人生で感じたことのない、不思議な幸福感に包まれた。
それは、普段の自分では決して味わうことのできない、特別な体験だった。
しかし、その幸福感の中に、ふと、ある感情が混じり込んだ。
写真に写った自分の姿を見て、健太はまたしても腕の太さが気になったのだ。
「やっぱり……腕が、太いな」
ぽつりと健太が呟くと、美咲は優しく言った。
「でも、健太の腕がしっかりしてるからこそ、ドレスがちゃんときれいに見えるんだよ。それに、今の健太も十分素敵だよ」
美咲の言葉は嬉しかった。
しかし、健太の心の中には、明確な目標が生まれた。
「もっと、自然に。もっと、女性らしく……」
公園の散歩から戻った後、健太はすぐにボディメイクについて調べ始めた。
腕の太さを目立たなくするための運動、女性らしいラインを作るための食事、姿勢の改善。
やるべきことはたくさんある。
「よし、やるぞ!」
健太は、鏡に映る自分の腕を見つめながら、固く決意した。
この女装体験は、単なる好奇心で終わるものではない。
それは、健太が自分自身の新しい可能性を発見し、より深く自分と向き合うための、新たな旅の始まりだった。
数ヶ月後、健太は以前よりも引き締まった体で、再びチャイナドレスに袖を通すことになる。
その時には、腕の太さを気にすることなく、心から女装を楽しめるようになっているだろう。
そして、彼の女装の旅は、きっとまだまだ続いていくのだ。

元の写真をうまく反映して
イラストの方も腕が逞しい。。。
いっそのことネタにしてしまえと思って作った話ですw
今はさらに肥大化してやべぇ。。。
なので、中の人はしばし糖質制限中。



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