
春の優しい日差しが、カフェの窓から差し込む。
向かい合って座る佐倉拓真と高梨玲奈は、付き合い始めて半年になるカップルだ。
拓真は少しはにかみながら、目の前でカフェラテを飲む玲奈に視線を向けた。
「なあ、玲奈」
「んー?」
玲奈はストローから口を離し、視線だけを拓真にやった。
その視線はいつも通りの、飾り気のない、サバサバとしたものだ。
拓真は、その玲奈の普段の服装を思い浮かべた。
動きやすさを重視したTシャツにデニム、スニーカー。
それはそれで玲奈に似合っているとは思うのだが、時折、街で見かける可愛らしいワンピースを着た女性たちに目を奪われることもあった。
「玲奈ってさ、いつもカジュアルな服が多いじゃん?」
「ああ、そりゃ運動部出身だし、動きやすいのが一番でしょ。それに、私にそういう可愛い服って似合わないし」
玲奈は少しだけ眉を下げて、困ったように笑った。
その言葉に、拓真は胸の奥で小さな抵抗を感じた。
玲奈は自分を過小評価しているのではないか。
彼女の普段の姿とは違う、新しい一面を見てみたいという純粋な願望が拓真の中にあった。
「そんなことないよ。玲奈はスタイルいいし、絶対可愛い服も似合うと思うんだ。たまにはさ、ワンピースとか、女の子らしい服も着てみたらどうかな?」
拓真は、自分の提案が少し唐突すぎたかと心配になった。
玲奈がどう反応するか、少しだけ身構える。
玲奈は拓真の言葉をじっと聞いていたが、意外なことに怒るでもなく、困るでもなく、にやりと口角を上げた。
「へえ、たくまがそんなこと言うなんて珍しいね。ま、いっか。そこまで言うならさ、たくまが一緒に選んでよ。私が似合うって思う服を、たくまが選んでくれるんでしょ?」
玲奈の真っ直ぐな視線に、拓真は少しだけたじろいだ。
まさか、玲奈から「一緒に選んで」という言葉が出てくるとは思わなかったのだ。
しかし、それは拓真にとって願ってもない提案だった。彼女の新しい一面を引き出すチャンスだ。
「え、俺が? そ、そうだな。俺が玲奈に似合う服、一緒に選んであげるよ!」
拓真は、心の中でガッツポーズをした。玲奈も楽しそうに笑っている。
二人の間に、これからの休日への期待がふわりと舞い上がった。
休日の午後、拓真と玲奈は、都心にある大きなショッピングモールへと繰り出していた。
玲奈は今日も動きやすいパーカーにジーンズ姿で、隣を歩く拓真は内心、今日こそ玲奈を大変身させてやるぞ、と意気込んでいた。
「すごいね、このモール。こんなに広いんだ」
玲奈が目を輝かせながら言った。
普段、洋服を買いに来ることはあまりないらしく、きょろきょろと周囲を見回している。
そんな玲奈の様子に、拓真は少し嬉しくなった。
「だろ? じゃあ早速、可愛い服探しに行こうぜ」
拓真は玲奈の手を引き、目的のレディースアパレルショップへと足を進めた。
店内は、ふわふわとした素材の服や、レースの飾りがついたブラウス、色とりどりのスカートなどが並び、甘い香りが漂っている。
普段はTシャツとデニムばかりの玲奈にとって、完全に異空間だろう。
玲奈は少し居心地悪そうに、でも興味深げに店内を見回していた。
「玲奈、これとかどうかな? 淡いピンクのブラウスに、花柄のスカートとか」
拓真が自信満々に選んだ服を玲奈の前に差し出すと、玲奈は眉をひそめた。
「えー……私にピンクはちょっと。それに、花柄ってガラじゃないし」
玲奈の即答に、拓真は少しがっかりした。
やはり、玲奈のイメージを変えるのは一筋縄ではいかないらしい。
拓真はめげずに店内を物色し、いくつかの服を玲奈に提案してみたが、どれもこれも玲奈の反応は芳しくない。
「これは玲奈にはちょっと甘すぎるかな……」
「これは、ちょっと丈が短いかも……」
試着室から出てくる玲奈を見るたびに、拓真は「うーん」と唸った。
玲奈は試着するたびに、普段見せないような困った顔をしたり、少し照れたりして、その表情の変化を見るのは楽しかったのだが、なかなか「これだ!」という服に巡り合えない。
諦めかけたその時だった。
拓拓真の目に飛び込んできたのは、シンプルな中に可愛らしさがある、白地に紺のドット柄ワンピースだった。
ウエスト部分が絞られていて、裾がふんわりと広がるデザイン。
派手すぎず、でもしっかりと女の子らしさを主張している。
「玲奈! これ、どうかな? これなら玲奈も着やすいんじゃないかな」
拓真はワンピースを手に取り、玲奈に差し出した。
玲奈は、そのワンピースをじっと見つめた。
少し迷うような表情を浮かべた後、意外にも素直にそれを受け取った。
「ドット柄か……うん、悪くないかも。ちょっと着てみるね」
試着室に入っていく玲奈を見送ると、拓真はなぜか、期待と少しの緊張で胸が高鳴った。
どんな玲奈が出てくるのだろう。
数分後、試着室のカーテンが開き、玲奈が姿を現した。
拓真は、思わず息をのんだ。
そこに立っていたのは、いつものボーイッシュな玲奈とはまるで違う、可憐な女性だった。
白地に紺のドット柄ワンピースは、玲奈のすらりとした手足によく映え、普段のカジュアルな服装からは想像もできないほど、彼女の魅力を引き出していた。
「どう? 変じゃない?」
玲奈は少し照れたように、でもどこか自信なさげに尋ねた。
拓真は、感動のあまり言葉が出なかった。
「す、すごい……! 玲奈、すっごく似合ってる! めちゃくちゃ可愛い!」
拓真は興奮気味に言った。
玲奈は、拓真の言葉に少しだけ頬を染め、照れくさそうに笑った。
その笑顔は、普段のサバサバとした玲奈とは違う、甘やかな雰囲気だった。
「ほんとに? 自分ではこういうの、あんまり着ないから変な感じだけど……たくまがそう言うなら、買っちゃおうかな」
玲奈は鏡の中の自分をじっと見つめながら、少しだけ迷ったような素振りを見せたが、最終的にはそのワンピースを購入することに決めた。
拓真は嬉しくてたまらなかった。
他にも、そのワンピースに合うような可愛らしいパステルカラーのカーディガンや、シンプルなパンプス、そして足首にリボンのついた可愛らしい靴下まで、玲奈は拓真の提案をほとんど断ることなく、一緒に選んでくれた。
会計を済ませて店を出ると、玲奈が少しだけ真剣な表情で拓真を見つめた。
「ねえ、たくま」
「ん?」
「私が女の子っぽい服着たら、ちゃんと褒めてくれる? からかったりしない?」
玲奈の言葉に、拓真はドキリとした。
彼女は、もしかしたら自分に似合わないと思っている「女の子らしい服」を着ることに、少しだけ不安を感じているのかもしれない。
その不安を取り除いてあげたい、心からそう思った。
「当たり前だろ! 玲奈は、何を着ても可愛いよ。それに、今日のワンピースなんて最高に似合ってたし、これからはもっと褒めるから! 約束する!」
拓真は、玲奈の目を見て力強く言った。
玲奈は、その言葉に安心したように、ふわりと微笑んだ。
その笑顔は、今日買ったワンピースと同じくらい、拓真の心を温かくするような、優しさに満ちていた。
買い物を終えた二人は、ショッピングモールの中にある居酒屋へと足を運んだ。
昼間から飲むお酒は、特別な開放感がある。
「ぷはー! 買い物も楽しかったけど、やっぱりこれだね!」
玲奈がキンキンに冷えたビールを一気に煽り、満足そうにため息をついた。
拓真も、同じくビールを一口飲む。
「だな! 今日は付き合ってくれてありがとうな、玲奈」
「いいえー、むしろ色々と選んでもらっちゃって。あんなに真剣に選んでくれるとは正直思わなかったよ。たくま、意外と女子の服選びに詳しいんだね」
玲奈がからかうように言うので、拓真は少し照れた。
「そ、そんなことないって。ただ、玲奈に似合う服を見つけられてよかったなって思ってるだけだよ」
拓真は、そう言いながら、玲奈が買ったばかりのワンピースが入った紙袋に目をやった。
真っ白な紙袋から少しだけ覗くドット柄の生地が、拓真の想像力をかき立てる。
玲奈が、あのワンピースを着ている姿。
きっと、いつもの玲奈とは全く違う、もっと可憐で、守ってあげたくなるような雰囲気だろう。
長い髪を少し巻いて、あのワンピースを着て、拓真の隣に座っている玲奈。
そんな想像をするだけで、拓真の顔は思わずニヤけてしまう。
「ふふっ、そんなに楽しみ?」
玲奈が、拓真の顔を覗き込むようにして言った。
その声には、からかいと、そして少しだけ挑発的な響きが含まれている。
拓真は、はっと我に返り、慌てて口元を締めた。
「な、何を言ってるんだよ、玲奈。べ、別にそんな……」
「えー、だって、たくまの顔、完全にニヤニヤしてたよ? もしかして、私がそのワンピース着てる姿、想像してた?」
玲奈はさらに追い打ちをかけるように、にやりと笑った。
その笑顔は、拓真の図星を突かれた羞恥心をさらに刺激する。
玲奈は、拓真の動揺を面白がっているようだった。
「う、うるさいな! ちょっと、期待しちゃっただけだろ!」
拓真は、顔が熱くなるのを感じながら、ヤケになってビールを煽った。
冷たい液体が喉を通り過ぎるたびに、体の中からじんわりと熱が広がっていく。
「ふーん。まあ、私も新しい服、楽しみだよ。たくまがそんなに期待してるなら、早く着てあげなきゃね」
玲奈は悪戯っぽく微笑んだ。
その言葉は、拓真の酔った頭をさらに混乱させる。
期待と、そして少しだけ膨らむ妄想に、拓真の心臓は高鳴った。
居酒屋の料理は美味しく、お酒もどんどん進んだ。
拓真は元々お酒に強い方ではなかったため、あっという間に顔が赤くなり、呂律も回らなくなってくる。
「れ、玲奈……俺、もうダメだ……ふわふわする……」
拓真はテーブルに突っ伏しそうになりながら、かろうじて声を絞り出した。
玲奈は、そんな拓真を見て、呆れたような、でもどこか優しい目をして笑っていた。
「たくま、本当にお酒弱いんだから。ほら、もう一杯だけ水飲んで、今日はもうやめにしよっか」
玲奈は拓真のグラスに水を注ぎ、それを拓真の口元に持っていく。
拓真は言われるがままに水を飲み、そのまま意識が朦朧としてきた。
玲奈が何かを話しているのが聞こえるが、その言葉はもう、拓真の耳には届いていなかった。
玲奈が、タクシーを呼ぶためにスマートフォンを操作しているのが、ぼんやりと見えた気がした。
タクシーに揺られ、拓真は玲奈のマンションに着いた。
玲奈は、ぐったりと酔い潰れた拓真を、まるで大きな荷物のように抱えながら、部屋へと運んでくれた。
「たくま、シャワー浴びてきな。このままだと気持ち悪いでしょう」
玲奈は、拓真をベッドに座らせて、優しい声で言った。
拓真は朦朧とした意識の中で、玲奈の言葉を聞き、なんとか体を動かした。
ふらふらとバスルームへと向かい、シャワーを浴び始めた。
冷たい水が、少しだけ酔いを覚ましてくれる。
シャワーを浴びながら、拓真は玲奈が自分に選んでくれたあのワンピースのことを考えていた。
玲奈が、あのワンピースを着て、自分の隣に立っている姿。
想像するだけで、また顔が熱くなる。
早く、玲奈の可愛い姿が見たい。
その時、拓真の頭の中に、ある悪魔的な考えがひらめいた。
玲奈は、いつも自分をからかうのが好きだ。
拓真が照れたり、慌てたりする姿を見て、楽しそうに笑う。
それなら、たまには自分も玲奈を驚かせてやろうか。
シャワーから上がり、体についた水滴を拭き取る。
タオルで体を拭きながら、脱衣所に置いてある着替えに目をやった。
いつも玲奈の家に泊まる時は、玲奈が用意してくれるTシャツとスウェットが置いてあるはずだ。
しかし、そこに置かれていたのは、拓真が想像していたものとは全く違うものだった。
目に入ってきたのは、玲奈の可愛らしいレースのついた下着と、そして、まさか、と二度見したくなるような、あの白地に紺のドット柄ワンピースだった。
玲奈のいたずら心は、拓真の想像をはるかに超えていた。
「え……嘘だろ……?」
拓真は、その光景に呆然とした。
玲奈の可愛らしい下着と、自分が玲奈に選んだワンピース。
なぜ、これが自分の寝巻き代わりに置いてあるんだ?
拓真は、その場に立ち尽くした。
脳裏には、玲奈の悪戯っぽい笑みが浮かんでくる。
きっと、シャワーを浴びている間に、玲奈がこっそり置いていったに違いない。
玲奈の「たくまを驚かせてやろう」という企みが、透けて見えるようだった。
普通なら、ここで怒るところだろう。
しかし、拓真の酔った頭は、なぜか冷静な判断力を失っていた。
むしろ、玲奈のいたずら心に、自分も乗ってみようかという、そんな危険な考えが芽生えてきた。
「ははっ、玲奈め。面白いこと考えるな」
拓真は、小さく呟いた。
酔いが、拓真の羞恥心を麻痺させていた。
こんな状況だからこそ、普段なら絶対にしないような、大胆な行動に出てみようか。
ウケ狙いで、玲奈のワンピースを着て、玲奈の前に現れてやろうか。
玲奈がどんな反応をするか、見てみたい。
そんな好奇心が、拓真の心の中で膨らんでいった。
拓真は、少しだけ躊躇しながらも、玲奈の下着を手に取った。
小さなレースが、拓真の大きな手の中で、まるで玩具のように可愛らしく見えた。
そして、その上に、あのドット柄ワンピースを重ねる。
玲奈の服は、拓真にとってはかなり小さかったが、酔った勢いで、無理やり体にねじ込んだ。
きつくて、腕の部分も丈も足りないが、なんとか着ることができた。
鏡に映る自分の姿を見て、拓真は思わず噴き出した。
そこに映っていたのは、まさしく「女装した自分」だった。
普段の拓真からは想像もつかない、奇妙な姿。
しかし、その奇妙さが、逆に拓真の心を高揚させた。
「よし、これで玲奈を驚かせてやる!」
拓真は、酔った勢いそのままに、バスルームのドアを開けた。
バスルームから出て、玲奈が待つリビングへと足を踏み入れた拓真は、少しだけ緊張した。
玲奈はソファに座ってスマートフォンをいじっていたが、拓真の姿を見ると、その手がぴたりと止まった。
「……たくま?」
玲奈の目が、拓真の姿を捉えた瞬間、大きく見開かれた。
そして、次の瞬間、玲奈の口から盛大な爆笑がこぼれ落ちた。
「ぶふっ! や、やっぱり着たんだ! たくま、まさか本当に着るなんて!」
玲奈はソファから転げ落ちそうになるほど笑い転げ、腹を抱えて顔を真っ赤にしていた。
拓真は、玲奈の反応を見て、少しだけ恥ずかしくなったが、同時に達成感も感じていた。
自分の予想通りの反応だ。
「玲奈、お前、わざとだろ! こんなの置いておくなんて、酷いじゃないか!」
拓真は、文句を言いながらも、どこか楽しそうだった。
玲奈は涙を流しながら笑い続け、やっと落ち着いたところで、拓真に提案した。
「ねえ、せっかくだからさ、その服で私を誘惑してよ。女の子っぽくさ♪」
玲奈は、悪戯っぽい目で拓真を見つめた。
その言葉は、拓真の酔った頭をさらに刺激する。
誘惑ごっこ。
普段の自分では絶対にできないような、大胆なこと。
しかし、酔いが拓真の理性を麻痺させ、新しい自分を試してみたいという衝動が湧き上がってきた。
「ゆ、誘惑って……どうすればいいんだよ」
拓真は、戸惑いながらも、玲奈の視線から逃れられずにいた。
玲奈は、にやにやしながら言った。
「んー、例えば、こう……『お兄さん、寂しいの?』みたいな? あとは、ちょっとセクシーなポーズとか!」
玲奈は、身振り手振りでジェスチャーをしてみせた。拓真は、恥ずかしさに顔を赤くしながらも、酔った勢いでノリに乗ることにした。
「しょ、しょうがないな……お姉さん、寂しいの?」
拓真は、普段の自分からは想像もできないような、甘ったるい声を出して言ってみた。
玲奈は、その声を聞いて、さらに爆笑した。
「ははは! 声が低いよ、たくま! もっと可愛い声で!」
玲奈の指示に、拓真はさらに羞恥心を感じながらも、もう後には引けないとばかりに、さらに大胆なポーズを繰り出した。
片足を少し前に出し、片手を腰に当て、もう片方の手を頬に添える。
まるでアイドルが雑誌のグラビアで撮るようなポーズだ。
ワンピースの丈が足りず、太い脚が丸見えになっているのが、さらに滑稽さを増している。
玲奈は、その拓真の姿を見て、笑いすぎて息ができないほどだった。
「ちょ、ちょっと待って! 最高すぎる! それ、写真撮っていい? これは永久保存版だよ!」
玲奈は、スマートフォンを取り出し、拓真にカメラを向けた。
拓真は、一瞬ためらったが、もうどうにでもなれという気持ちで、さらにポーズを決めてみせた。
ピースサインをしたり、投げキッスのポーズをしたり。
玲奈はシャッターを切り続け、拓真の女装姿を次々と写真に収めていった。
「ははは! 最高! ああ、もうお腹痛い!」
玲奈は、笑いすぎてソファにもたれかかった。
拓真も、恥ずかしさと酔いで、全身から力が抜けていくのを感じた。
「もうダメだ……俺、もう無理……」
拓真は、ソファの横に置いてあったクッションに顔を埋め、そのままベッドに倒れこんだ。
意識が薄れていく中で、玲奈が楽しそうに笑っている声が聞こえた。
「たくま、おやすみー! 可愛い寝顔だよー!」
その言葉を最後に、拓真の意識は完全に途絶えた。

ワンピースって楽ですよね。
1枚着るだけで完結してますし。
下着までつけるのは好みの問題ですかね?
窮屈な感じもありますが、肌触り的には結構あり。
下も穿いたらブラも付けちゃって良いかな?
男性には意味がないようで、そうでもないと思うときもある。
何が?と聞かれると、説明は出来ない。
翌朝、平常心に戻ってから
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