
放課後のチャイムが鳴り響き、ざわめいていた教室が徐々に静寂を取り戻していく。
真中陽太は、窓の外をぼんやりと眺めていた。もうすぐ夏が来る。
ジメジメとした空気は嫌いじゃないけど、この停滞した空気は少し苦手だ。
毎日同じメンバーと、同じ会話。
楽しくないわけじゃない。
ただ、少しだけ、退屈だった。
「陽太、部活行かねーの?」
隣の席の翔太が声をかけてくる。
陽太はテニス部に所属しているが、今日はなんとなく気分が乗らなかった。
「んー、今日はいいかな。ちょっと、やりたいことがあって」
「へえ、めずらしいな。じゃあな」
ひらひらと手を振り、翔太が教室を出ていく。
一人になった陽太は、カバンを肩にかけ、あてもなく校内をぶらつく。
ふと、開けっぱなしの図書室の扉が目に入った。
「そういや、図書委員の仕事って、大変なんだっけ?」
そんなことを思いながら中を覗くと、誰もいない静かな空間に、一人の女の子が本を整理していた。
小野寺綾。陽太と同じクラスだが、ほとんど話したことはない。
いつも机に伏せているか、本を読んでいるか。
クラスの隅でひっそりと息をしているような、そんな存在だった。
地味、という言葉が一番しっくりくる。
でも、陽太の目に、彼女は妙に魅力的に映った。
長い黒髪を一つにまとめ、シンプルな制服をきちんと着こなしている。
派手な子が多いクラスの中で、その落ち着いた雰囲気は逆に新鮮だった。
「……なんか、可愛いんだよな」
そう口に出してしまい、陽太は慌てて口元を抑える。
だが、もう遅い。
綾がこちらに気づき、顔を上げた。
大きな丸い目が、少し怯えたように陽太を見つめる。
「あ、ごめん!びっくりさせたか?」
陽太はわざと明るく笑いかける。
しかし、綾は何も言わず、ただじっと見つめているだけだ。
その警戒心に満ちた瞳に、陽太は少しだけ胸がチクリと痛んだ。
「お前さ、いつも一人でいるよな。寂しくないの?」
言葉を選ばず、素直な疑問を口にする。
綾は一瞬戸惑った表情を見せたが、すぐに俯いてしまった。
「別に……一人でいるのが、好きなだけだから」
蚊の鳴くような声だった。
陽太は、その声に妙な親近感を覚えた。
自分も、周りに合わせてはいるものの、心のどこかで一人になりたいと思う瞬間がある。
「そっか。俺もさ、たまには一人がいいなって思うとき、あるんだ」
陽太はそう言って、綾の隣の書架に寄りかかった。
彼女が整理しているのは、ファンタジー小説のコーナーだ。
背表紙を眺めていると、彼女の手が震えているのが分かった。
緊張しているのだろう。
「あの……何か、ご用ですか?」
綾が勇気を出して尋ねる。
「いや、用ってほどでもないんだけどさ。なんか、お前ってさ、意外と面白いヤツなんじゃないかって思って」
「……どうして、そう思うんですか?」
「んー、なんだろうな。言葉でうまく説明できないんだけどさ。なんていうか、周りの奴らと違う雰囲気、持ってるじゃん? それがさ、なんか惹かれるっていうか……」
陽太の言葉に、綾は顔を赤らめる。
初めて、自分に向けられた好意的な言葉だった。
しかも、陽太はクラスでも中心的な存在。
そんな彼が、自分のような地味な存在に興味を持つなんて、信じられなかった。
「私、ぜんぜん面白くないです。見ての通り、地味で……」
「地味って、自分で言うなよ。もったいないって」
陽太はそう言って、綾の黒髪に手を伸ばし、束ねたゴムにそっと触れた。
綾はビクリと肩を震わせた。
「あの……!」
「いいじゃん、たまには。もっと自分をさ、出していいんだぜ? もったいないって」
陽太のその言葉は、綾の心に小さな波紋を広げた。
ずっと自分の中に閉じ込めていた感情が、少しだけ外に顔を出そうとするような、そんな感覚。
陽太の優しい声と、自然体の笑顔に、綾の心の壁は少しずつ溶けていった。
「……あなたは、いつも明るくて、いいですね」
綾がぽつりと呟く。
「ま、俺はただの陽気なバカだよ。でも、お前もさ、きっともっと面白い部分、いっぱいあるんだって。俺、知りたいな、それ」
陽太は、まるで宝物を見つけたかのように、キラキラした目で綾を見つめた。
そのまっすぐな瞳に、綾はもう警戒するのをやめた。
自分を偽る必要がない、そんな気がしたから。
静かな図書室に、二人の笑い声が響き渡った。
「いい? 綾ちゃん。人生は一度きりなんだぜ? もっと楽しんだ方がいいって!」
あれから数日後、陽太は図書室で再び綾に話しかけていた。
相変わらず本を読んでいる綾を前に、陽太は熱弁をふるう。
「ファッションとかさ、メイクとかさ。そういうの、全然興味ないの?」
「……ない、わけじゃ、ないんですけど」
綾は戸惑ったように答える。
別にファッションが嫌いなわけではない。
ただ、どうせ自分には似合わない、目立つのは怖い、という気持ちが勝ってしまうのだ。
「じゃあさ、今度、俺に付き合ってよ。服、見に行こうぜ!」
陽太の唐突な提案に、綾は目を丸くした。
「え? 私と、ですか?」
「そうだよ。この前言ったろ? 綾ちゃん、もっと自分を出すべきだって。俺がさ、最高に似合う服、見つけてやるから!」
陽太は自信満々に胸を張る。
綾は、そんな陽太の勢いに圧倒され、断る言葉を見つけられなかった。
「……でも、私、そういうの、よくわからなくて」
「いいんだよ、わかんなくても! 俺がいるじゃん! 全部、俺に任せろ!」
結局、綾は陽太の熱意に押され、週末、一緒に街へ出る約束をしてしまった。
帰り道、自分のカバンを握りしめながら、綾は不安と期待の入り混じった複雑な心境でため息をついた。
(一体、どんな服を勧められるんだろう……)
そして迎えた週末。
陽太に指定されたのは、若者向けの賑やかなショッピングモールだった。
綾は、普段着ている地味なシャツとスカートで陽太の前に現れる。
「あ、綾ちゃん!遅いよ〜!って、わー、やっぱその服か〜!」
陽太は綾の全身を見て、少し残念そうな顔をした。
「だ、ダメですか……?」
「いや、別にダメじゃないけどさ! もっと冒険しよーぜ!」
そう言って、陽太は綾の手を掴み、そのままファッションショップへと連れて行く。そこは、綾が普段絶対に入らないような、カラフルで明るい服が並ぶ店だった。
「ほら、これとか絶対似合うって!」
陽太が手に取ったのは、肩出しのオフショルダートップスだった。
綾は目を丸くする。
「えっ……こ、こんな露出が多い服、私には……」
「いいからいいから! 試着室で着てみよ!」
陽太は次々と、ミニスカートや鮮やかな花柄のワンピースを綾に押し付ける。
綾は戸惑いながらも、言われるがままに試着室へと入った。
ドアを閉め、鏡の前に立つ。
オフショルダートップスを恐る恐る身につけてみる。
鏡に映る自分は、まるで別人のようだった。
肩が露わになり、鎖骨のラインが強調される。
普段、隠している部分を、こんなに大胆に晒すなんて。
心臓がドクドクと音を立てる。
恥ずかしさと、ほんの少しのドキドキが混じり合った、不思議な感覚だった。
「綾ちゃん、どう? 似合うだろ?」
試着室の外から、陽太の明るい声が聞こえてくる。
「いや、ちょっと……これは……」
「いいから、見せてみろって!」
陽太は強引にドアを開けようとする。
綾は慌ててドアを押さえる。
「だ、ダメです! もう少し、落ち着いた服にしませんか? この前、本屋さんで見た、水色のブラウスとか……」
「いやいや! もったいないって! せっかく可愛いんだから、もっと見せびらかさないと!」
陽太は、綾が持っていた服を放り投げ、再び派手な服を試着室の中に投げ入れた。
「これは、どうだ? 絶対似合うって!」
それは、ビビッドなピンク色のワンピースだった。
綾は、その色に眩暈を覚えた。
自分のイメージとはあまりにもかけ離れている。
「陽太くん……もう、やめて」
綾の声は震えていた。だが、陽太には届かない。
「お願い! 一回だけでいいから、着てみてよ!」
陽太は、綾に新しい自分を見つけてほしい一心だった。
でも、その気持ちが、綾を追い詰めていることには気づいていなかった。
試着室の小さな空間の中で、綾は一人、自分の心を押しつぶされそうになっていた。
「陽太くん、もうやめて! 私は、こんなに明るくなれない!」
試着室のドア越しに、綾の声が震える。
陽太は、その声に初めて、彼女の本当の感情が込められていることに気づいた。
しかし、彼の熱意は止まらない。
「大丈夫だって! やってみなきゃわかんないだろ? 俺が保証するから!」
陽太は、ドアをノックする手をさらに強めた。
「やめて! お願い……!」
とうとう我慢の限界に達した綾は、試着室のドアを勢いよく開けた。
着ていたのは、陽太が最後に持ってきた、ピンク色のワンピースだった。
サイズは合っているものの、普段の彼女とはあまりにもかけ離れた姿に、陽太は言葉を失う。
そして、その表情は、今にも泣き出しそうだった。
「……こんなの、私じゃない。陽太くんは、私のこと、わかってないよ!」
そう言って、綾は試着室のカーテンを引く。
その勢いで、カーテンレールがぐらりと揺れた。
陽太は慌てて彼女の腕を掴んだ。
「ごめん! ごめんって、綾ちゃん! 俺、ただ……」
「離して!」
綾は陽太の手を振り払おうとする。
その拍子に、二人の体がもみ合うような形になった。
足元にあったマネキンの足に、綾のサンダルが引っかかる。
「わっ!」
バランスを崩した二人は、大きな音を立てて床に倒れ込んだ。
その衝撃で、天井から吊るされていた照明がグラグラと揺れ、真上にあったマネキンが大きな音を立てて倒れてくる。
「危ない!」
陽太はとっさに綾をかばうように抱きしめた。
その瞬間、割れた照明の破片から、まばゆい光が溢れ出す。
それは、ただの光ではなかった。
まるで生きているかのように、二人を包み込み、そして飲み込んでいく。
「な、なんだこれ……!」
陽太の意識が遠のいていく。
綾も、恐怖と混乱の中で、陽太の体にしがみついた。
二人の体が、まるで水に溶けていくように、一つに混ざり合っていくような、そんな奇妙な感覚。
やがて光が収束し、世界は再び、静寂を取り戻した。
「……うぅ……痛い……」
先に意識を取り戻したのは、綾だった。
しかし、声を出して、彼女は自分の声ではないことに気づいた。
低くて、少し掠れた、聞き慣れない声。
「……え?」
そして、自分の視界が、いつもより高くなっていることに気づく。
視線を下にやると、そこにあるのは、見慣れた、しかし今は自分のものとは思えない、男の体。
「……陽太、くん?」
隣には、泣きそうな顔をした自分の体があった。
陽太の顔だ。
「え、綾ちゃん……? お前、どうして……」
いや、違う。
そこにいるのは、陽太の心を持った、綾の体だ。
「……嘘。嘘だよね……?」
綾(中身は陽太)は、自分の手を見つめる。
きめ細かくて、少し華奢な、女の子の手だ。
「ちょ、ちょっと待って……これ、俺の手じゃねぇじゃん! お、俺の体はどこだ!?」
陽太(中身は綾)は、自分の胸を触る。
ぺたんこで、いつもとは違う柔らかさ。
「うそ……うそだ……」
二人は、顔を見合わせて絶叫した。
ショッピングモールの喧騒が遠い世界のことのように感じられた。
自分たちの体は、今、ここにない。
鏡のように、お互いの魂が入れ替わってしまったのだ。
「な、なんで!? なんでこんなことに……!?」
パニックに陥る陽太(中身は綾)を前に、綾(中身は陽太)は、むしろ興奮していた。
「……え? ちょっと待って、これ最高じゃん!」
綾の体になった陽太は、鏡の前に立ち、自分の姿をまじまじと見つめる。
「うわ、すげー! マジで女の子になってる! え、これって、もしかして……」
陽太は、恐る恐る胸に手をやる。
その柔らかさに、思わず声を上げてしまった。
「うわぁ……マジかよ。これ、綾ちゃんの体か……」
恥ずかしがるどころか、むしろ好奇心で目を輝かせる陽太に、綾(中身は陽太)は、さらに混乱する。
「や、陽太くん! 何してるの!? と、とりあえず、早く元に戻らないと……!」
「いいじゃん、別に! せっかくだし、このまま楽しもうぜ!」
陽太は、陽気に笑いながら、試着室から出て行った。
残されたのは、男の体になった綾。
「ちょっと、陽太くん! 待ってよ!」
陽太の大きな体で、綾は慌てて後を追う。
陽太は、さっきまで綾が着るのを拒んでいた、カラフルな服のコーナーにいた。
「綾ちゃん、隠れ美人じゃん。普段、もったいないことしてたんだなぁ。俺が、この体、最高に可愛くしてやるから!」
そう言って、陽太は次々と派手な服を手に取る。
フリルたっぷりのワンピース、ミニスカート、レースのブラウス。
綾(中身は陽太)は、信じられない気持ちでそれを見ていた。
「いや、ちょっと待って! その服は……!」
「いいから! 着てみよ!」
陽太は、自分の体(つまり綾の体)に、フリルたっぷりの白いワンピースを押し付ける。そして、鏡の前でポーズを決める。
「うわー、すげー似合う! やっぱ、隠れ美人じゃん! 最高!」
陽太は、心から楽しんでいるようだった。
その姿に、綾は呆れて言葉も出ない。
仕方なく、男の体になった自分は、試着室の隅に追いやられていた、シンプルなTシャツとジーンズを手に取る。
「……これ、着てみよう」
恐る恐る、陽太の服に着替える。
少し大きめのTシャツと、ゆったりとしたジーンズ。
鏡に映る自分は、男らしい体つきで、少しだけ不格好に見えた。
でも、なんだか不思議と落ち着く。
派手な装いを強要されていたときのような、息苦しさがない。
「……不思議」
綾は、陽太の体になった自分を、じっと見つめた。
この体なら、派手な服を着なくてもいい。
誰の目も気にせず、ただ、自分らしくいられる。
そんな気がした。
「よーし! せっかくだから、このまま一日、お互いの生活、体験してみようぜ!」
陽太の提案に、綾はため息をついた。
「そんな……だめだよ。学校とか、どうするの?」
「大丈夫だって! 俺、綾ちゃんのクラス、完璧に演じきるから! 綾ちゃんも、俺のフリして、学校行けばいいじゃん!」
陽太は、満面の笑みでそう言った。
あまりにも無茶な提案だったが、綾は陽太の勢いに押され、結局その提案を受け入れてしまった。
(本当に、このまま戻れなかったら、どうしよう……)
不安と、ほんの少しのワクワク。
二人の、奇妙な一日が、こうして始まったのだった。

可愛い女の子の姿になれたら
色々と可愛い服とか着てみたいです。
自分の身体じゃどうがんばっても限界がありますからねぇ。
その限界もかなり低いところにあるので。。。
通販で良さげな服を見つけて、自分で着たら、、、
なんてのは女性だけでなく男性にもあるあるですorz
その後の生活
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