朝の光は、眼球の裏側を刺すような不快感とともに訪れた。
悠人が最初に自覚したのは、寝返りの打てなさだった。
いつもなら無意識に身体を捻り、ベッドの端に手足を投げ出すはずが、重心が妙に低く、寝具に吸い込まれるような粘り気のある重さを感じる。
手を伸ばそうとして、二の腕の内側が、胸の脇にある未知の肉の膨らみに密着した。
じっとりと湿った、生ぬるい接触。
「……っ」
漏れたのは、低い唸りではなく、湿り気を帯びた吐息のような音だ
悠人は目を開け、視界の違和感に固まった。
天井が遠い。
いや、自分が低くなっている。
這いずるようにして洗面所へ向かうと、床を踏みしめる足裏の感覚すら違っていた。
土踏まずのアーチが浅く、一歩ごとに肉が横に広がるような、締まりのない接地感。
鏡の中にいたのは、同僚の美咲だった。
しかし、それはオフィスで見かける整った「彼女」ではなかった。
寝起きの肌はくすみ、目尻にはうっすらと小じわが浮いている。
三十路を過ぎ、代謝が落ち始めた身体特有の、重力に従順な肉のたわみ。
肩は丸みを帯びて厚く、かつて自分が持っていた鋭角な骨格はどこにもない。
悠人は、自分の意思でその「肉」に触れてみた。
指先が沈み込む。
跳ね返す弾力はなく、ただそこにある脂肪の質量が指を包み込む。
それは性的な記号ではなく、ただ維持するためにコストがかかり続ける「生物学的な負荷」としてそこにあった。
一方、美咲の部屋では、悠人の身体に入った美咲が、己の「喪失」を咀嚼していた。
立ち上がった瞬間、膝が笑うような感覚。
視界が高すぎて、足元がひどく遠く頼りない。
股の間にぶら下がる異物は、歩くたびに太ももに当たり、存在を主張する。
それは武器というより、剥き出しの臓器を外に晒しているような心許なさだった。
二人は、生存のために連絡を取り合う。
電話越しに聞こえるのは、自分の使い慣れた声。
しかし、その声を発しているのは自分ではない。
「……会社、行くしかないわよね」
美咲(中身は悠人)の声は、自分の喉から出ているとは思えないほど、平坦で重かった。
悠人(中身は美咲)は、男のスーツに身を包んだ。
肩幅が余り、股関節の動きが制限される。
美咲の脳は、かつての「女性としての歩幅」を命じるが、悠人の長い足はそれを許さない。
一歩が大きすぎるせいで、常に前のめりに転びそうな錯覚に陥る。
美咲(中身は悠人)は、下着の着用だけで一苦労だった。
ワイヤーが肋骨を締め付け、呼吸を浅くする。
胸の重みは、常に首から肩にかけての凝りとして蓄積される。
ブラウスのボタンを留めるたび、布地が肉を拘束していく。
(……これが、あいつが毎日背負っていたものか)
「お得感」など微塵もなかった。
あるのは、一日の活動時間を削り取る「準備」という名の苦役だけだ。
帰宅後、悠人は美咲の身体で風呂に入った。
湯船に浸かると、肉が浮力で持ち上がる。
自分の身体でありながら、自分のコントロール下にない質量の塊。
彼は鏡に映る「借り物の顔」に向かって、低く、美咲の声で呟いた。
「この身体の使い方は、俺にはわからない」
それは独白というより、異物に対する降伏宣言だった。
鞄を持つ手の節々の痛み、ヒールで圧迫された足指の痺れ、そして、衣服を脱いだ後も消えない「締め付けの残響」。
悠人は、美咲の身体が持っている「生活の痕跡」を一つずつ確認していく。
それは、誰のものでもない、ただの「機能不全を起こした肉体」との同居の始まりだった。
眠りにつく前、彼は自分の右手が、無意識に腹部の膨らみを隠すように丸まっていることに気づいた。
それは悠人の癖ではない。
この身体が、長年の生活の中で身につけてしまった「防御の姿勢」だった。
心は悠人のまま、身体は美咲の歴史をなぞり続ける。
その決定的なズレが、暗闇の中でじわじわと、精神の縁を削っていった。

身体の劣化って、じわじわきますよね。
いつの間にか白髪が増えてたり、しわが増えてたり。
まあ、写真撮るときはウィッグ被ってますし
メイクと光でしわとか飛ばせますし。
よく見えるように、加工以外でも手間かければみてくれは何とか。
そんなことを言ってると、リアルでは人に会えないですけどね。。。
私は気にしてないですよ。
多分載せてる写真を元に探してもバレない自信があります。
一番怖いのは化粧ですよ。。。
次回:3/24 21:00更新


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