街灯の光がアスファルトの熱気でゆらゆらと揺れる中、智也は二十代半ばの、まだ節々の硬い若々しい四肢を運んで、都心の一等地に建つ高級マンションへと足を進めていた。
智也の「仕事」は、その端正な顔立ちと、年上の女性の懐に滑り込む天性の器用さを売ることだ。
パトロンである裕子との出会いは、智也にとって人生の転換点だった。
四十代後半という、女としての「実り」が極まった時期にある裕子は、金に糸目をつけず智也を可愛がり、同時に、若さという無機質な輝きを智也から吸い取っているようでもあった。
マンションの最上階。重厚なドアが開くと、そこには外界の湿気を一瞬で忘れさせるような、洗練された冷気と香りが漂っていた。
「智也くん、待っていたわ」
裕子は、リビングのソファで脚を組み、智也を迎え入れた。
シルクのガウンから覗く膝頭は滑らかで、照明を跳ね返して真珠のような光沢を放っている。智也は、彼女が放つ特有の「匂い」を鼻腔に感じた。
それは、決して安っぽい加齢臭などではなかった。
長年愛用しているであろうサンダルウッドの香水と、彼女自身の肌からじわりと滲み出す、熟成された果実のような甘く重厚な体臭。
それは若者のような刺すような汗の臭いとは無縁の、どこか脳を痺れさせるような、慈愛と毒を混ぜ合わせたような「芳醇な女の香り」だった。
智也はこの匂いを嗅ぐたびに、自分が彼女の支配下にあることを強く実感させられるのだった。
「智也くん、今夜は少し、特別なワインを開けましょうか」
裕子が手渡したグラスには、深紅の液体が揺れていた。
智也はそれを一口、ゆっくりと喉に流し込む。
その瞬間だった。 心臓が、一度だけ大きく、爆発するように跳ねた。
「……っ、裕子、さん……?」
視界が急速にセピア色に染まり、足元の床が、まるで深い沼に変わったかのように智也を飲み込んでいく。
意識の糸がぷつりと切れる直前、智也の目に映ったのは、静かに、そして残酷なまでに優しく微笑む裕子の顔だった。
(――重い。肺が、動かない……)
深い闇の底から意識を浮上させた智也は、まず自分の「呼吸」が激変していることに気づいた。
今まで、空気はただ肺に出入りするだけの透明な存在だった。
だが今は、吸い込むたびに、自分の胸板が驚くほどの重量感を伴って上下し、皮膚の内側で何かが揺れるのを感じる。
智也は目を開けようとしたが、瞼が驚くほど重い。
ようやく視界が開けると、そこには見覚えのある、そして信じられない光景が広がっていた。
ソファに力なく横たわり、口を半開きにしている「自分」が目の前にいるのだ。
「え……あ……」
声を上げようとした。
だが、口から漏れたのは、低く張りのある青年の声ではなかった。
それは、空気をたっぷりと含み、湿り気を帯びて震える、あの裕子の――「大人の女」の声だった。
「智也くん、驚かないで。今のあなたは、私なのよ」
目の前の「智也」が立ち上がった。
かつての自分の身体。
その身体は、驚くほど軽やかに、そして野性的な俊敏さで動き、鏡の前まで智也(中身は裕子)の手を引いていった。
智也は、鏡に映った自分の姿を凝視した。
いや、そこにいたのは、完璧に「受肉」した裕子の姿だった。
「うそだ……僕が、裕子さんに……?」
智也は震える手で、自分の(裕子の)身体を確かめるように触れた。
指先が頬に触れる。
二十代の、ただピンと張っているだけの自分の肌とは、決定的に質が違う。
指が沈み込むたびに、その弾力はどこまでも深く、吸い付くような潤いを伴っている。
それは、時間をかけて丁寧に磨き上げられ、たっぷりと油分を蓄えた、完熟した雌の皮膚だった。
智也はおそるおそる、シルクのガウンの帯を解いた。
ハラリと衣服が床に落ちた瞬間、智也は自分の叫び声を、自らの手で抑え込んだ。
そこには、男としての自分が一生涯、憧れ続け、しかし決して内側から知ることのなかった、「凄惨なまでに美しい熟女の肉体」が曝け出されていた。
まず、その「重み」に圧倒された。
豊満な乳房は、重力に従ってわずかに下垂し、その重なりは脇の下まで柔らかな曲線を描いている。
乳輪は大きく、生命の源を思わせる深い茶褐色をしており、乳頭は戸惑う智也の視線に応えるように、空気の冷たさを吸って硬く尖った。
(これが、女の……身体……)
智也は、自分の(裕子の)太ももに両手を置いた。
掌を広げても掴みきれないほどの、圧倒的な肉のボリューム。
そこには、二十代の若者が持つ「筋」の硬さなどは微塵もない。
白く、そしてどこか半透明な輝きを放つその肉は、歩くたびに、呼吸をするたびに、細かく、しかしダイナミックに波打つ。
膝の周りには、年齢を重ねたからこそ得られた贅肉が乗り、それが逆に、男を誘惑するような「隙」となって、形容しがたいエロスを醸し出していた。
そして、何よりも智也を陶酔させたのは、内側から溢れ出す「匂い」だった。
自分自身の皮膚から立ち上る、あの芳醇な香り。
脇の下のくぼみ、乳房の下の湿った境界線、そして股ぐらの奥深くから、熱を伴って湧き上がってくる、粘り気のある甘い体臭。
それは、若さという無味乾燥な季節を通り過ぎた者だけが放つ、死の予感と生の絶頂が混ざり合った、抗いようのない「フェロモン」の奔流だった。
「……あ、は……っ」
智也は、自分の指を、自分の(裕子の)身体の奥へと這わせた。
下腹部には、今まで自分の一部として存在していた、あの傲慢な「突起」がない。
代わりにそこには、潤いを湛え、熱く脈動し、男という異物を受け入れるためだけに用意された、暗く深い「入り口」が、自らの一部として存在していた。
指がその秘部に触れた瞬間、智也の脳内は白い光で埋め尽くされた。
男の身体では決して味わえなかった、全身の細胞一つ一つが爆発するような、鋭敏で、それでいて底なしに深い快感。
腹の奥からせり上がってくる、自制心を根底から破壊するような受動的な渇望。
智也は、鏡の中の自分を見つめた。
そこには、赤らんだ顔で、自らの豊かな乳房を掴み、腰をくねらせる一人の熟女がいた。
その瞳は、智也という青年の魂を宿しながらも、肉体が放つ圧倒的な「雌」の信号に、刻一刻と染め上げられていく。
「智也くん。その身体、気に入ったかしら?」
背後から、かつての自分の逞しい腕が、智也(中身は裕子)の豊かな腰を抱き寄せた。
智也は、男の指が、自分の(裕子の)脇腹の柔らかい肉に食い込む感触に、激しく震えた。
「裕子、さん……僕……僕、なんだか、すごく……変なんです……っ」
智也の喉から漏れた声は、もはや恐怖ではなく、歓喜を孕んだ甘い鳴き声へと変質していた。
自分が「自分」を抱く。
若さが、老いを蹂躙する。
その倒錯した構図の中で、智也は、自分の内側に眠っていた「女」という獣が、一気に覚醒していくのを感じていた。
彼は、自らの加齢臭――いや、芳醇な女の香りを深く吸い込み、鏡の中の熟女に、陶酔しきった微笑みを投げかけた。
それが、終わりのない、快楽の迷宮への入り口であることを知りながら。

今回は、前の話から流れはあまり変えず、描写だけ見直しました。
当初は、主人公は屑っぽく、災難に遭うようにするつもりでしたが
何か色々考えているうちに良い方向にまとまっちゃった。
まあ、これでもいいかと思い、そのままリリース。
元の話はこちら

次回:3/27 21:00更新


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