美術室の空気は、乾燥した油彩具の匂いと、吸い残された冬の湿り気で澱んでいた。
高校二年生の悠人は、キャンバスの前に座り込んでから二時間が経過している。
彼の手元にあるエスキースには、女性の肉体を模そうとした、硬く、無機質な線が並んでいた。
「描けないわね、悠人くん」
背後からかけられた声には、教師としての慈愛よりも、観察者としての冷ややかな興味が混じっていた。
顧問の美咲だ。
彼女は三十代後半。
その身体は、十代の少年が憧れるような瑞々しいアイコンではなく、加齢に伴う重力と、日々の食事と、運動不足が積み重なった「蓄積」としての肉体だった。
「質感が、わからないんです」
悠人は吐き捨てるように言った。
「柔らかいとか、温かいとか、そういう言葉じゃなくて。もっとこう……逃れられないような重さというか」
美咲は、タイトなタイトスカートに包まれた自身の腰を、ゆっくりと悠人の肩に寄せた。
「じゃあ、試してみる? 私のこの、重くて、持て余し気味の身体を。あなたが『中』から描くのよ。外側から眺めているだけじゃ、一生かかってもその肉の沈み込みは理解できないわ」
冗談だとは思わなかった。
美咲の瞳には、退屈な日常を使い古しのカッターで切り裂くような、薄暗い熱があった。
彼女が悠人の手を取り、指を絡める。
指先は冷えていたが、掌は驚くほど湿っていた。
視界が、ぐにゃりと歪んだ。
胃の底からせり上がる強烈な嘔気と共に、平衡感覚が消失する。
悠人は反射的に床に手をつこうとしたが、自分の腕が、記憶にあるよりもずっと短く、そして、柔らかいことに気づいて息を呑んだ。
「……あ」
声が出た。それは、低く掠れた、湿り気を帯びた女の低音だった。
悠人は、膝をついたまま、自分の手を見た。
爪は短く切り揃えられ、指の節々は少し太い。
手の甲には、薄く浮き出た血管の青みが透けている。
それは、美術室の備品のように使い古された、大人の女の手だった。
「成功ね」
見上げると、そこには「自分」が立っていた。
学ランを着た、まだ細く、頼りない少年。
美咲の魂が入った悠人の肉体は、自らの股間や肩の軽さを確かめるように、奇妙な手つきで身体をなぞっている。
悠人は立ち上がろうとした。その瞬間、凄まじい「違和感」が彼を襲った。
まず、重心が違う。
胸元に、唐突に現れた二つの大きな重り。
それは脂肪の塊だ。
ブラジャーのワイヤーが肋骨を執拗に圧迫し、動くたびにその重量が、肩こりという名の鈍痛となって背中に響く。
下腹部には、今まで感じたことのない、何かが「詰まっている」ような不快な圧迫感があった。
「さあ、描きなさい。今のあなたは、その『重さ』そのものなんだから」
美咲(悠人姿)は、美術室の中央にある椅子に腰掛けた。
悠人は震える手で筆を握る。
自分の元々の身体をモデルにするという倒錯。
しかし、それ以上に彼を支配したのは、美咲の肉体が強いる「制約」だった。
筆を動かそうとするたび、脇の下に溜まった肉が邪魔をする。
椅子に座れば、太もも同士が汗ばんで密着し、逃げ場のない熱がこもる。
かつて「女性美」と呼んでいたものは、その内側に入ってみれば、絶え間ない圧迫と、重力との終わりのない戦いでしかなかった。
悠人は、狂ったようにキャンバスへ色を置いた。
熟女の肉体が放つ、特有の、少し油じみた匂いが鼻腔を突く。
それはかつて彼が夢想した芳香ではなく、生活という名の澱が蒸発したような、生々しい「生物」の臭いだった。
数時間が経過した。
窓の外は、すでにどす黒い夜に飲み込まれている。
悠人は筆を置き、荒い息をついた。
キャンバスには、これまでにないほど醜悪で、同時に、剥き出しの真実に満ちた「肉」が描かれていた。
「……戻してください。もう、十分です」
悠人は、美咲の身体で懇願した。
ブラジャーの締め付けで肌は痒み、ストッキングに包まれた脚は浮腫んで、パンプスの中で爪先が悲鳴を上げている。
一刻も早く、この「不自由な檻」から抜け出したかった。
しかし、椅子に座ったままの美咲(悠人姿)は、薄く笑っただけだった。
「いいえ。まだ、完成していないわ。……それに、外を見てごらんなさい」
彼女の指差す先、美術室の隅にある姿見に、悠人の姿が映っていた。
そこには、紺色のセーラー服を着た熟女が立っていた。
ジャージに着替えたはずだった。
しかし、いつの間にか世界は書き換えられていた。
「あなたは今、『女子生徒』なのよ、悠人くん。立場は変わらないけれど、この身体にふさわしい記号を、世界が許さないはずがないでしょう?」
セーラー服の短い上着からは、隠しきれない大人の肉がはみ出そうになっている。
プリーツスカートの裾からは、ストッキングを履いた、太く、生活感に満ちた脚が伸びている。
「戻るには、まだ時間がかかるわ。さあ、今日はもう帰りましょう。先生が、家まで送ってあげる」
学ランを着た美咲は、悠人の肩を抱いた。
その「男としての力強さ」に、悠人の内側にある「女の身体」が、屈辱的なほどの安堵を感じて震えた。
彼は、自分の足元すらおぼつかないパンプスの音を響かせながら、夜の校舎へと連れ出された。

リアルな体験って、それ以外の行動にも影響しますね。
私は絵を描きませんが、小説とかには生きてるはず
セーラー服着ながらゲームして、お酒飲んで
メイド服着ながらゲームして、お酒飲んで。。。
うん、ろくなことしてないわw
次回投稿:3/17 21:00


コメント