
最初に、読むのが面倒な人用の朗読動画。
ときどき漢字の読み方間違ってるかも?
啓司は、ごく普通の大学生だった。
流行を追いかけることもなく、かといって古臭いわけでもない。
人並みに恋もしたが、今は特に気になる相手もいない。
趣味と言えば、休日に気の置けない友人とサッカーボールを蹴ることくらいだ。
そんな彼が、まさか自分の日常が根底から覆されるなど、想像すらしていなかった。
彼の部屋の隅には、古びた姿見が置かれていた。
先日亡くなった祖母の遺品で、啓司が子供の頃から実家の廊下にあったものだ。
祖母は古いものを大切にする人だったから、鏡もまた、その歴史を語るかのように縁が擦り減り、鈍い光を放っていた。
特に気にすることもなく、啓司は服を着替える際に使う程度の認識でいた。
ある蒸し暑い夏の夜、啓司は課題のレポートに頭を悩ませていた。
深夜を回り、蛍光灯の光だけが部屋を白々と照らしている。
ふと顔を上げ、気分転換に体を伸ばそうとしたその時、視界の端に映る姿見に、奇妙なものが瞬いた気がした。
目を凝らすと、そこには自分と同じ姿が映っている。
しかし、その自分は、啓司の疲れた表情とは裏腹に、にやりと口角を上げていた。
不気味な笑みだった。
まるで、啓司の知らない、別の誰かがそこに立っているかのように。
「なんだ、疲れてるのかな…」
啓司は軽く頭を振った。
寝不足と疲労が幻を見せているのだろうと、自分に言い聞かせる。
しかし、鏡の中のもう一人の自分は、変わらず奇妙な笑みを浮かべ、さらに右手をそっと持ち上げた。
まるで「こっちへおいで」と誘うように。
心臓がどくり、と跳ねた。
ぞっとするような感覚が背筋を這い上がる。
恐る恐る、啓司は鏡に近づいた。
一歩、また一歩。
鏡の中の啓司も、同じように笑みを湛えたまま、啓司を見つめ返している。
顔が鏡に触れるほどの距離まで来た時、彼は意を決して、鏡の中の自分と同じように右手を伸ばした。
ひんやりとしたガラスの感触を予想したのだが、指先が触れた瞬間、鏡はまるで水面のように波紋を広げ、柔らかく揺れた。
驚きに目を見開く啓司の指先が、その波紋の中に吸い込まれていく。
抵抗しようと身を引いたが、まるで強い力に引っ張られるかのように、体は鏡の中へと引きずり込まれた。
「うわっ!」
声にならない叫びが喉から漏れる。
視界は一瞬にして歪み、目の前を奔流のような色彩が駆け抜けた。
足元はふわりと浮き上がり、平衡感覚が麻痺する。
まるで暗闇の渦の中に放り込まれたような感覚。
どれほどの時間そうしていただろうか。
数秒だったのか、あるいは永遠にも感じるほどの長さだったのか。
やがて、その激しい渦が収まり、啓司の体は硬い地面に投げ出された。
ぼんやりとした意識の中、彼はゆっくりと目を開ける。
見慣れない天井が、彼の目に飛び込んできた。
「ここは…どこだ?」
啓司は混乱しながら、ゆっくりと体を起こした。
先ほどまでいた自分の部屋ではない。
窓から差し込む光は、見慣れたはずの東京のそれとは、どこか異なる色をしていた。
異世界。そんな馬鹿な言葉が、彼の頭をよぎった。
ゆっくりと立ち上がり、啓司は窓に駆け寄った。
外の景色を見て、彼は息をのむ。
見慣れたはずの街並みがそこにあった。
東京の、見慣れたビルや商店。
しかし、そこにいる人々の姿は、啓司が知るものとは全く違っていた。
男性たちは、皆が皆、きらびやかなドレスや、優雅なスカートを身につけている。
中には、まるで宝石箱から飛び出したかのような、豪奢な装飾を施した服を着ている者もいた。
彼らの顔には、丁寧に化粧が施され、口紅が鮮やかに光っている。
その一方で、女性たちは皆、ビシッと決めたスーツ姿だ。
颯爽とヒールを鳴らし、堂々と街を歩いている。
啓司が着ているのは、ごく普通のTシャツにジーンズ。
この世界では、それがどれほど異質で、場違いな服装であるか、瞬時に理解できた。
彼はまるで裸で街を歩いているかのような、強烈な恥ずかしさと居心地の悪さを感じた。
意を決して部屋を出て、恐る恐る街を歩き始める。
人々は啓司を見て、奇異なものを見るように目を丸くし、ひそひそと囁き合った。
「あれ、見て。裸で歩いてるみたいじゃない?」
「ああ、本当に品がないわね。野蛮だわ」
「男のくせに、どうしてあんなみすぼらしい格好を…」
誰も悪意を持って罵っているわけではない。
彼らにとって、啓司の格好は「非常識」であり、見るに堪えないものなのだ。
その視線が、啓司の心を鋭く突き刺した。
すると突然、けたたましいサイレンの音が鳴り響いた。
黒い制服に身を包んだ数名の男たちが、啓司の方へ向かってくる。
彼らは「服装監察官」と呼ばれる者たちだった。
「服装規定違反者を確認。直ちに身柄を拘束する」
リーダー格の男が、無表情にそう告げた。
啓司は反射的に逃げようとしたが、訓練された男たちに囲まれ、抵抗する間もなく取り押さえられた。
連行された先は、清潔で、無機質な部屋だった。
啓司はそこに連れ込まれ、椅子に座らされる。
そして、何人かの女性たちが彼の周りに集まり、にこやかに言った。
「安心してください。これはあなたのためです。正しい男の姿を、これから教えて差し上げますから」
啓司は「放せ!僕は男だ!こんなことやめてくれ!」と叫んだが、彼らは聞く耳を持たない。
彼らにとって、啓司の言葉は意味不明な「遠吠え」に過ぎなかった。
無理やりTシャツとジーンズを脱がされ、滑らかな生地のドレスを着せられる。
肩紐が肌に食い込み、不慣れな感覚に身の毛がよだつ。
そして、顔には冷たい化粧品が塗られ、細い筆先がまぶたの上をなぞっていく。
鏡台の前に座らされ、無理やり顔を上げさせられた啓司は、そこに映る自分を見て、全身の血が凍りつくような感覚に襲われた。
そこには、淡いピンク色の口紅を塗られ、目の周りを黒く縁取られた、別の自分がいた。
滑らかなドレスを身につけ、肩には繊細なレースがかかっている。
それは、啓司が知る「自分」とは、かけ離れた姿だった。
屈辱と、このわけのわからない世界への恐怖が、彼の心臓を締め付けた。
鏡の中の偽りの自分が、不気味に微笑んでいるように見えた。

好きでもないのに女装させられるのはきついかも?
でも、平行世界とかがあるなら、そんな世界もあるかも?
鏡って不思議な世界を作るためのネタに使いやすいですね。
今の頭のままで、男が全員女装した世界に行くのは辛いかもしれませんが。。。
続きはそのうち出す製品版で
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